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 忘れられない光景がある。  生後八ヵ月くらいで、エドを訓練に出すことになった。僕は反対したのだが、その方が後々エドのためにも絶対にいいという妻の主張を容れて三ヵ月のコースを選択した。  実際、インテリア・デザイナーを入れて改装したばかりの家の壁や家具は囓られて無惨な姿をさらし、絨毯には漏らした小便のシミが絶えず、一人、部屋に残すとそれが一時間でも猛烈に寂しがった。  三ヵ月の別離は悲しかったが、それでエドが居心地良く生活できるようになって帰ってくるなら、と僕もようやく決心したのだった。一週間に一度、飼い主も一緒になっての訓練があって、それが面会日にもなるのだが、最初のその日が待ち遠しくてならなかった。  預けた店はガラス張りになっていて、車を降りた僕の目に小さなケイジの中に入っているエドの姿が見えた。  ドアを開けて店内に入っても、エドは気がつかない様子で蹲っていたが、僕と目が合った瞬間、彼は立ち上がり、呆然と僕を見つめたまま失禁したのだった。  結局三ヵ月分の料金を払って、一ヵ月でエドを引き戻すことになったのだが、あの失禁した時のエドの表情は今も脳裏に焼き付いて離れない。これほどまでに僕を必要としてくれる<存在>がある。その<存在>は何と生きていくという難事業に張り合いを持たせてくれるものだろうか。  かくして僕は今日もエドと散歩に出かける。いつもの公園、いつものベンチでいつものように話しかける。今日こそエドが、 「アイ・アム・ミスター・エド」  としゃべり始める奇跡を信じて。 _φ(。・_・。 )

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眠いんです。西野“七”瀬
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