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見城徹さんお店
トーク情報
  • 渇望
    見城徹見城徹

    [ながい]は無口な店主の心優しい息遣いを感じる簡素な小さな店です。他のスパゲッティも美味しい筈です。僕は大事に通いたい。自分でアップして話題を作り勝手な言い分ですが、[ながい]を愛する客のために食べに行ったらお気遣いをお願いします。
    鯖缶に異論を唱えている訳では全くありません。
    丁度、そのタイミングだったのです。鯖缶にはわざわざアップしてくれたことへの感謝しかありません。誤解なきようお願いします。

  • 渇望
    見城徹見城徹

    ああいうタイプの店で[やや汁多めの緩い仕上がりで]と注文を付けるのは失礼だと感じます。それが通用するのは高い値段の店か、[ながい]の常連の人だけです。とにかく[ながい]が755の客に面倒を感じたら本末転倒です。[ながい]にはいつまでも営業を続けて欲しい。余計なお世話ですが、僕が755にアップしているのはそれが目的です。どうか、訪れた時は難しいことは言わないで下さい。ただ、「見城さんと同じスパゲッティを下さい」と丁寧にお願いするのはいいと思います。僕はそれとグリーンサラダのスモールを同時に頼みます。サラダも絶品です。勝手なことを言いました。
    よろしくお願いします。

  • 渇望
    見城徹見城徹

    神宮前のバー・ラジオに毎夜のように通っていたのが夢のようだ。どうやって時間を捻出していたのだろう?一番頻繁だったのは29歳から35歳ぐらいまで。バーテンダーはオーナーの尾崎さんと大西さん。後で三浦さんが加わった。大西さんは35年ぐらい前に逝き、尾崎さんも一昨年亡くなった。とにかく一日に一回、バー・ラジオに行かなければ気が済まなかった。坂本龍一と初めて会ったのも、楠田枝里子との初めて飲みに行ったのもバー・ラジオだった。食べ物はサンドイッチとオムレツだけ。カクテルが美味しく、ワインのラインナップも凄かった。低くジャズがかかり、話し声が大きくなると「お静かにお話し下さい」と書かれたコースターが目の前にそっと差し出された。コースターのデザインは和田誠だった。後に2ndラジオが南青山2丁目に出来て、神宮前の1stラジオは密やかに閉店。引き続き通った2ndラジオも6年ぐらいで閉店し、現在の3rdラジオが南青山3丁目にオープンした。バー・ラジオ。こんなバー二度と現れないだろう。