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秋山純

吉田さん ありがとうございます まさに 映画だけではなく エンターテイメント、文学、音楽 表現と呼ばれる全ては 作り手と受け手の共同作業だと思います 切り取られた瞬間だけが写真ではなく シャッターを押す時間空間 写す側の想いも含めて 一枚の写真 映画も同じだと ずっと思っていて… いくら想いを込めて作っても 観ていただく方の心とシンクロしないと 押し付けがましくなる可能性もあり セリフが無い 音が無い たっぷりの行間 あいまいなものを 共有出来たとき初めて 映画としての命を持つのでは…と 語りすぎないことは とても怖く それでも 目を閉じたときに見える鮮やかさを 伝えたいと思います

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秋山純のトーク
トーク情報
  • 秋山純
    秋山純

    昨日は
    全国TOHOシネマズにて
    「栄光のバックホーム」試写会でした

    直後にXに投稿されたポストです

    良いリアクションだけを選んではいません

    ネガキャンはありませんでした


    届いている‼️
    確信しました‼️


    正面突破‼️‼️

  • 秋山純
    見城徹見城徹

    ↑ 諦めなければ負けはない。戦い続ける者に負けはありません。一日一生。栄光のバックホームを目指します。

  • 秋山純
    秋山純
    投稿画像

    僕のInstagramの閲覧数

    少しずつ増えて来た‼️

    10万超えが目標です‼️

    今夜10時からは
    「栄光のバックホーム」にて
    制作担当かつ梅野捕手役
    米加田樹をゲストに
    野球少年時代と、消防士時代の話を聞きます‼️


  • 秋山純
    見城徹見城徹

    1993年11月12日、秋晴れの日に幻冬舎は設立登記されました。あれから32年が経ちました。42歳だった僕は74歳になりました。設立当初は節約の為に、電車やバスには乗らず、都内ならどこでも歩いて行きました。四ツ谷の小さな雑居ビルの4階。不安や恐怖は無く、不思議に楽観的でした。出版社経営に無知だったのだと思います。その分、無謀も出来ました。デビューでいきなり朝日新聞に全面広告。郷ひろみ[ダディ]で初版50万部。創立3年、62冊で幻冬舎文庫創刊。メチャクチャでした。創立間もない出版社が唐沢寿明[ふたり]、石原慎太郎[弟]、郷ひろみ[ダディ]、五木寛之[大河の一滴]、天童荒太[永遠の仔]とミリオン・セラーを連打したのです。無知の怖いもの知らずでなければ出来なかったとしみじみ思います。知識が備わった74歳の今は[栄光のバックホーム]の映画作りにしても恐怖と不安に毎日苛まされます。僕が製作総指揮を務める[栄光のバックホーム]は11月28日全国公開。圧倒的努力で正面突破するしかありません。この映画の為に「幻冬舎フィルム」という会社も作りました。74歳のルーキーの眠れぬ夜は続きます。
    32年前の方が何にも知らない分、気持ちは遥かに楽でした(笑)。