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マルチェロ

「Stoicな美学」AKB48 作詞:秋元康 作曲:福田貴訓 編曲:佐々木裕 「次の足跡」Type Bディスク2収録 学生時代にちょっと背伸びして入ってた喫茶店があって、名前が 珈琲美学 という店だった。美味いか不味いか分からないコーヒーに数百円払うのは正直痛かったが、どうも店の名前が良くてついつい何度もドアを開けてしまったものである。 孤独な笑みを 夕陽にさらして 背中で泣いてる 男の美学 これは私と美学という言葉の出会い。夕方に小学校から帰ると再放送してたルパン三世のオープニングテーマである。赤いジャケットに細身のパンツ、ワルサーP38にジャジーなサウンドがかっこ良くて、子供心にこういう大人はかっこいいなと思ったものだ。 美学という言葉を辞書で引くと、 美学とは美の本質や構造を、その現象としての自然・芸術及びそれらの周辺領域を対象として、経験的かつ形而上学的に探究する哲学の一領域である。 なんて書いてある。 言葉の歴史を紐解けば、「美学」(aesthetics)という学問は、ドイツの哲学者アレクサンダー・バウムガルテンがギリシャ語から作ったラテン語の造語「Aesthetica」に由来するということだ。バウムガルテンは理性的認識に対して感性的認識に固有の論理を認め、1750年に出版された『美学』 (Aesthetica) により美学を一つの学問に位置づける契機を作った。 その後、理性的認識を補完する意味合いから感性的認識の完全性を高める学問へと美学は形作られて行くのだが、要は美学とは感性に導かれ、感性を磨き、感性に従う、感性の旅のようなものである。 そんな美学がタイトルを飾る楽曲を見て行こう。 泣きのギターが吼えるイントロは強い印象を与えるものであるが、これは主題と言ってもよい部分である。曲を通して聴いた時にこのメロディー、ここに漲る感情が、僕の心内をありのままに奏でているのが分かる。ここについては、あらためてアウトロで語りたいと思う。 楽曲において歌い出しは重要。歌の入り、ここの良し悪しで楽曲の流れが大きく変わるのだ。だからこそアレンジャーはイントロからこの歌い出しまでにサウンドからリズム、メロディーと全てを計算して組み立てる。 この曲における渡辺麻友の歌の入りはまさに完璧だ。難しい入りをいとも簡単に美しく儚く見事に歌いあげる。この時点で曲の中に引きずり込まれずにはいられない。 そんなAメロでクローズアップで描写されるのは”手”である。手には人が映る。ごつごつした手、か弱い手。大きな手、小さな手と様々だ。「しなやかな君の長い指」なんて描かれたら、私たちの脳裏にはそれぞれにおそらくは美しい女性像が現れる。さらにそこで掌が描かれた時、そんな女性像は体温を持って人格を形成する。しかしながら驚きなことにこの女性、歌詞中の”君”の描写はこれにて完結する。これ以後には彼女を直接想像するヒントは無い。 私たちはAメロでまさに作詞家の手のひらで転がされる。 BメロのKeyによるカウンターメロディーが切ない。Aメロから切ないのが、ここに来てさらに拍車をかける。 歌詞においては状況説明ともいえるところ、僕と君がどんな状況下にあるのかが明かされるが、ここでは「沈没してしまったんだ」という表現にポイントがある。沈んではいけないのに沈んでしまったという意味で、彼女が眠りに落ちる事によって沸き起こる僕の欲望を見せつつ、それは洒落の効いた粋な表現のようでもあり、眠りについた君を見つめる僕の優しいまなざしも見て取れる。 「沈没してしまったんだ」とはなんとも絶妙な表現である。 Bメロ後半「僕のブランケットを・・・」の所はストリングスがタタタタタタタタッ♪と八分音符を嗾けるように刻み、それにベースも呼応する。歌詞にある柔らかいブランケットとは対照的な緊張感漲る展開だ。 サビの前にジャジャッ ジャジャッ ジャッジャ♪と挟むキメ。そのままサビになだれ込んでもよいところだが、ここのキメが与える効果はどんなものだろう? ここは葛藤を圧縮したキメと言える。イマジンじゃないけど想像してみて欲しい。めちゃくちゃ大好きな子が目の前で可愛い寝顔で眠ってる。高まるハートはドキドキマックスだ。ギュッと抱きしめたくなる。でも大好きなだけに触れられない。美学なんて後付けで、本当は触れられないのだ。大切過ぎて。 でも僕は自分の美学が欲望に打ち克ったと思う。ビリビリ痺れる緊張のなかで、あーどうしよう。キスするキスしない、抱きしめる抱きしめないと壮絶に葛藤を繰り広げた軌跡がとにかくこの一瞬のキメにあるのだ。 サビの歌唱についてだが、 ・ハートをそっと起こさ《ない》ように ・堪えきれずにキスをして《しー》まったら う《つー》くしくはない ・ハートをちゃんと起こし《 て》あげよう ・ふざけたように抱きしめ《 た》くなる い《 つ》もの僕なら この《 》のところにアクセントで入るファルセット(裏声)が効果的だ。ふっと音が抜ける儚さが何とも切なくて、僕の恋心その想いの強さが滲む。 さらに「ハートをそっと起こさないように 部屋を出て行くよ」 からの 君が君が好きだよ (君が好きだよ) ここが堪らない。 ここが本当に堪らない。 このさらっと独り言のようにささやく感じに気持ちが凝縮している。コーラスによる反復もぐっと来る。 ここから「このままキスをしてしまったら美しくはない」を経てサビの結び、「僕のstoicな美学」のところ 《ぼーくーのー》 《スートーイ》ックな美学 この《 》内は同音反復になっている。ここの反復による効果は大きく、「とてもとても」みたいな反復で、僕の!!!stoicな!!!美学!!!てな感じにさりげなく僕の主張を膨らませるのである。欲望に自分の美学が打ち克ったと、僕は自分だけが知る勝利に興奮しているのだ。しかしそれは、もしかしたらただの臆病であった知れない自分をなだめているようでもある。「びーがーくー」と余韻を残しつつ空間に消えていく感じが美しい。 サビの歌詞はいろんな捉え方が出来ると思う。これはあくまで一つの解釈。 「ハートをそっと起こさないように」には3つの意味がある。一つはシンプルに眠っている君を起こさないようにという意味。二つ目は僕のハートが暴れて君に抱きついちゃったりしないようにという意味。三つ目は君が目覚めているとして、自暴自棄になって成り行きの行動に走らないようにという意味。 君の気持ちがはっきりと僕に向かうまではキスはしない!本物の気持ちじゃなければ受け止めない!といって、stoicな自分に酔いながら部屋を出て行く僕。自然消滅の可能性もあるから酔わずにはいられない。これが自分の美学なんだと哲学に酔いしれる。 二番の歌詞「ハートをちゃんと起こしてあげよう」。こちらも解釈は様々であるが、 ・何も無かったようにお早うと起こしてあげる。 ・僕自身の欲望を冷ます。 ・ちょっと破壊的な衝動に走ってる君を覚ましてあげる。 ・君のハートをいつか完全に自分に向かわせる。 そんな意味が複合しているのかなと思う。 そんなこんなを経てイントロと同じ間奏とアウトロを聴くとリアルに響く。欲望に打ち克ったカタルシスと片想いの切なさが同居する旋律。切なさを背負いつつ威風堂々部屋を去る僕は、皆さんには美しく映るだろうか? 作曲は福田貴訓さん。SKK47きってのビジュアル派の福田さんであるが、最大の特徴は見た目と作る曲のギャップにある。一体誰があのビジュアルロック風あるいは南斗聖拳の使い手みたいな風貌から「やさしくするよりキスをして」を想像するだろうか?みるきーもびっくりである。 冗談はさておき、作品群から感じるのは人間味である。人間味は筒美京平楽曲などのルーツにある音楽に宿る情感から来ているものと、福田さん自身の人間性から来るものが合わさって、喜怒哀楽の感情豊かな作品が並んでいるのかなと私は思う。 ベーシストとしての技量も凄い。(本曲のベースプレイの事ではない。本曲のベーシストは不明)ロックのみならず幅広い音楽から演奏技術を吸収しているのが分かる。リズム隊の枠を越えてメロディックにアグレッシブに攻める演奏スタイルは、一言かっこいい。1ベーシストとしても物凄い才能を持った方だ。 編曲は佐々木裕さん。パッションを感じさせる編曲家である。絵で言うと原色を使える方で、輪郭のはっきりしたパンチあるサウンドを作る。中音域に厚みのある空虚ではない芯のある音に特徴がある。 また華やかで艶があり刺激的でもある。刺激は脳に作用するからまた聴きたくなるのだ。 音の組み合わせも絶妙で時にアヴァンギャルド。EDMから「ラブラドール・レトリバー」みたいな作品まで扱う音の幅が広く、まさに音の錬金術士である。 本曲のサウンド面に目を向けてみよう。骨太なドラムがビートの核だ。スネアのスピード感のあるサスティーンが、一打一打曲の推進力を増幅する。キックも芯がありつつローもふくよかに、高鳴る鼓動のようにステレオを揺らす。 ベースの描くラインが素晴らしい。リズム楽器としての役割を維持しながらもメロディーラインと掛け合いつつ、楽曲を見事に彩っている。このベースの描くラインが主人公の僕の人格イメージに大きく作用していて、とても深く思考して、細やかな配慮がありつつ燃え盛る熱情にも富み、ふくよかに美しく躍動する。 ギターはイントロ、間奏、ギターソロ、アウトロと泣きに泣きまくってドラマティックに曲を囃し立てるが、何気にサビにおけるバッキングが効果的でストリングと絡みつつ素晴らしい楽曲的効果を醸し出している。 KeyはAメロにおけるクリーンなピアノサウンドの浮遊感と先に述べたBメロ前半のフレーズが印象深い。 全体にはマッシブでやや電子的なビートと人間的なギター、Keyやストリングスの繊細さが調和して、主人公の美意識と興奮、緊張と切ない想いが入り混じったものを見事にサウンドにしている。電子音楽のキレと人間味ある音が自然に一体化しているのも素晴らしい。 ところで”stoic”って何だろう?私の感覚で言えば、イチローみたいなのがstoicである。あるいは試合を前にしたボクサーがそれだ。 ”stoic”は本来ストア派の哲学者をさす言葉である。ストア派とはヘレニズム文化から古代ギリシア・ローマ文化に栄えたストア派の事だ。 後に道徳的腐敗を猟弾する思想のように勝手なイメージを持たれるが、本来の思想としては自然の摂理に従い、自然と調和して生きることを目指し、人間として本来在るべき姿になることで自ずと人間個々の欲望は消え去るという考えを説いたようである。 現代においてストイック(stoic)は自分を厳しく律する姿勢、あるいは禁欲的な生き方になぞられるが、このstoicという言葉は紀元前のギリシアの精神性をそのまま表しているようだ。とても道端で欠伸など出来やしない。 曲の世界に帰るが、もしかしたら彼女(君)はキスを求めていたのかも知れない。それが曖昧な愛情なのか、何かの反動からくる衝動なのかは分からないけど。 恋愛巧者の法則に従うなら恋は積極性を求めるもの。”やさしくするよりキスをしろ”なのだ。 部屋の中のほんの一場面。その場に渦巻く激しい感情、欲望と哲学の戦い。自然消滅のリスクを背負った危険な賭けに僕は勝ったのか、それとも負けたのか… とにかく静かに部屋を出ていく彼(僕)は、勝者であれ敗者であれ、誇らしげでなんかかっこいいのである。

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マルチェロのトーク
トーク情報
  • マルチェロ
    マルチェロ
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    学生の頃から何度も足を運んだお店『ベイシー』の映画が9月18日に公開されます。ジャズのレコード屋で働いてたこともありますが、ジャズの凄さはここで教えられました。おそらくは本物のジャズの空気感を味わえる世界でも数少ないお店です。今、お店は休業中なので、ぜひストリーン越しに足を運んでみてください。

  • マルチェロ
    マルチェロ

    熱い風が走り抜けるような時を
    この愛を刻もうyeah

    という朝に聴いた一節が効いた。熱い風が走り抜けるような毎日を送らなきゃね。

  • マルチェロ
    マルチェロ

    何曲か頼まれて作詞をしたバンドのライブを観に行った。名もない地方のバンドだ。
    僕的には自分が書いた詞よりも、作曲者が自ら書いた詞の方が魅力的に聴こえて、作詞の難しさと奥の深さを思い知らされるとともに、少し悔しさがあった。
    翌日LINEが来た。「おかげさまで大好評だよ」という内容。
    それが本当の話なのか、彼の気遣いなのか真相は分からないが、そんな言葉を貰えるのであればそれだけで充分だと思った。ありがとう。

  • マルチェロ
    マルチェロ

    MLBナショナルリーグのサイ・ヤング賞有力候補であるトレバー・バウアー投手が同じく有力候補であるダルビッシュ有の投球分析をしているが、これがとてもわかり易い。たしかにこれは打てないと思った。
    https://youtu.be/FQ9lESBJhys

  • マルチェロ
    マルチェロ
    かずすけ
    お久しぶりです。お元気ですか?新型コロナウイルスのせいでヲタ活の活動を制限されてしまってますが、家でもやれるヲタ活してます。

    お久しぶりです。
    いろいろ変わりましたね。私は今年ゴルフを始めたのですが、あまりに熱中し過ぎて8ヶ月間ほぼ毎日練習しています。その結果、お腹が村山彩希みたいになりました。

  • マルチェロ
    マルチェロ
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    気仙沼大島の大島神社に参拝。この大変なご時世に、あろうことか、ドライバーの飛距離が伸びることを祈った大馬鹿者は私です。

    1
  • マルチェロ
    マルチェロ
    かずすけ
    あけましておめでとうございます。元SKEメンバー佐藤すみれちゃんが結婚妊娠を発表しました。こんなご時世ですがなんかホッコリしました。

    おめでとうございます。
    それはめでたいですねー。

  • マルチェロ
    マルチェロ
    ff(ゆっぺり神推し)48
    遅くなりましたがマルチェロさん、明けましておめでとうございます!今年もよろしくお願いします!近況報告しますと、スマホのキーボードが1マスづつ違うメンバーの写真で埋まるほどのDDさんになってます(笑)でもホントに愛してるのはラビュリーズの4人+あいりちゃんの『ロリーズ』(本人たちもお覚えてないであろう伝説の非公式ユニット)の皆さんであります!😅

    本年もよろしくお願い致します。
    そんなに増えてたとは、、、
    でも驚きません(笑)

  • マルチェロ
    マルチェロ
    さくら
    新年おめでとうございます🎍 先日は色々ありがとうございました。舟下りや中尊寺等、初めてでとても楽しかったです。 あたたかくなったら今度はゴルフ行きましょうね♪ 引き続き今年もよろしくお願いいたします🌸

    今年もよろしくお願い致します。
    あれから雪続きなので良い時に岩手に来て頂いたなと。ゴルフ楽しみにしています。