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にしのトーク
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  • 西 和紀
    見城徹見城徹

    木原誠ニ官房副長官ほど人を舐め、国民を舐めている政治家はいない。人として終わっている。僕が会った政治家の中では最も政治家になってはいけない一人である。こんな人を中枢に置いている岸田政権はどんなに岸田総理が頑張ったとしても根本的腐っている。木原誠ニの言動がいかにデタラメかはいずれ明らかになるだろう。去年の12月週刊新潮が木原誠ニの銀座の女性との隠し子をスクープしていたが、それ以上に女、金、癒着などなど、僕に入って来ている情報はいくらでもある。

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  • 西 和紀
    見城徹見城徹

    「岸田総理は自分な意のままだ」と言いまくっているのが僕の耳にも入って来る。傲慢過ぎやしないか?

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  • 西 和紀
    見城徹見城徹

    岸田総理は国葬を一旦延期して、衆議院を解散し、国葬の是非を国民に問うべきだ。そして、選挙に勝って堂々と国葬をすればいい。姑息な理屈を並べるよりその方が気持ちがいい。信念があるならそれくらいやるべきだ。このままでは後ろめたい国葬になる。故人も浮かばれない。

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  • 西 和紀
    見城徹見城徹

    こんなに沢山の人のニセモノを作って楽しいのかね?
    755の運営さん。こんなのを許していたら755は終わりますよ。ニセモノはBANすべきです。
    よろしくお願いします。

  • 西 和紀
    西 和紀
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     昨日勇気を出してランチを食べに行った。もちろん「卵とベーコンのスパゲッティ醤油味」を食べるために。

     昨日は大事な日。ずっと連続して大事な毎日は続いているのだけど、特別に大事な日を朝から過ごして四ツ谷で午前の予定が終了。次のミッションは夕方からだ。
     同行者にいったん別行動をとることを伝えて自分の足はスパゲッティながいを目指す。

     四ツ谷駅からしんみち通りへ向かう道すがら、頭の中はスパゲッティながいの店内の様子でいっぱいになる。

     もちろん卵とベーコンのスパゲッティ醤油味の至福の味わいを思い起こして期待に胸が高鳴る。
     注文する際はやはり「見城さんの好きな卵とベーコンのスパゲッティ醤油味!」と指名するべきだろうか?
     そして今日は見城さんはいらっしゃるだろうか?いやいや、いらっしゃったとしても声をかけたりしたら迷惑だろうな。見城さんのMajiでKoiする時間を邪魔してはいけない。

     レストランに行く目的は美味しい料理を食べることであるべきだ。
     しかし自分の本心も痛すぎるほどわかっている。自分の正念場である本日、スパゲッティながいを訪れることでこれからやってくる大事な毎日を戦う勇気が欲しいのだ。
     交差点を渡ってしんみち通りに入る際に自分の足が少し震えていることに気づいた。

     カウンターに座りメニューを見るフリをしながら店内も一瞥。見城さんは今日はいらっしゃらないようだ。僕は何を期待していたんだろう。

     奥様だろうか?サーバーの女性は忙しく動いている。待っている間に一巡目のお客さんの注文が運ばれる。卵とベーコンのスパゲッティを頼んだ人は他にいないようだ。
     きっと常連さんたちが思い思いに好きなメニューを頼んでいるのだろう。この状況で「見城さんの好きな〜」と主張したら他のお客さんをしらけさせるんじゃないだろうか。タイミングを図ってメニュー通りの注文をする。
    「醤油味のスパゲッティ、卵とベーコンをお願いします。」
     女性がご店主にオーダーを通す際に
    「カルボイチ入ります」
    と聞こえた。
     以前755であのスパゲッティはカルボナーラか否かという論争があったんじゃなかったかな‥

    ご店主がソースの調理を始める。他のお客さんはウニタラコなどが多く、この二巡目にも卵とベーコンのスパゲッティ醤油味を頼んだのは僕だけのようだ。

     運ばれてきたスパゲッティの淡いイエロー。半熟卵とソースが絡み合って生まれる表面の光沢に期待感がはち切れそうになる。ベーコンとコショウの香りに空腹中枢をいやというほど刺激され、堪えきれずに口へ運ぶ。滑らかなソースとアルデンテの食感。これらの香味を醤油の味がバインダーとなって綺麗にまとめ上げている。そして火の入った醤油の香ばしい香りがまた醤油自身も主役であることを主張している。

     一口一口噛み締めるように食べる。最初は少し量が足りないかなと思っていたが食べ終わる頃には大きな満足感を得た。
     そうだ、自分はこの至福の時間のためにスパゲッティながいを訪れたのだ。

     ご店主に感想を伝えよう。うまく言えるだろうか、満足感を表す表情ができるだろうか。
    「ごちそうさまでした。とても美味しかったです。ごちそうさまでした。」

     階段を降りてしんみち通りを引き返す。
     足の震えはおさまったようだ。

  • 西 和紀
    西 和紀

    一方的にからみに行って、見城さんにわずらわしいと思わせるような投稿をすべきではなかった。

    ああとても恥ずかしい。
    しまっておくべきだった。

    それでもジョージさんが優しく拾って解説してくれたのが救いでありました。

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  • 西 和紀
    西 和紀
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    20260102 栄光のバックホーム

     子供達も帰省してくる正月に何をしようか妻と話して、ようやく家族4人で「栄光のバックホーム」を観に行った。みんなにハンドタオルを推奨して。

     私達は横田慎太郎の結末を知っている。

     映画開始40分にして脳腫瘍判明。70分にして引退。
     135分の物語がどのように進行するのか思いを馳せる。
     横田慎太郎の熱い想いで引っ張られた物語ではなく母まなみさんのストーリー。だけではなく関わる脇役の物語。
     それはとりも直さず私達の物語であるということだった。

     ここで光るのが主演・松谷鷹也の演技と演出のメリハリで、ようやく「全ての横田慎太郎に捧ぐ。」というコピーの意味に気づかされる。

     松谷鷹也演じる横田慎太郎は、負けない熱い想いで物語を引っ張るのかと思いきや、意外と折れる。でもそれは当たり前のこと。もし自分に同じ災禍が降りかかったらやはり諦めるだろう。もしくは楽になりたいだろう。
     その諦めに寄り添いながら灯油を注ぎ、物語を紡いでゆくのは母まなみさんであり、脇役の人達の言葉や人生である。
     それぞれの脇役が自分の人生を生きながら横田慎太郎の物語を紡いでゆく。「栄光のバックホーム」を観ている私達の願いも乗せて。

     だから「全ての横田慎太郎に捧ぐ。」なのか!

     私達はこの人生を投げ出してしまいたいと考えてしまう。それを踏みとどまっているのはほんの小さな意地であったり、関わる人の何気ない言葉であったりする。私のような人の言葉により、私は人生を投げ出さずに生きている。あの横田慎太郎ですら同じようなものだったのかと考えると少し気が楽になる。

     数多くの人の言葉と願いにより横田慎太郎は私達の人生の先行きを照らす灯りとなった。

     願わくは一緒にこの映画を観た息子と娘の心に何か灯すことを。そしてできるだけ多くの人が「栄光のバックホーム」を観て同じように誰かに灯油を注ぎ、誰かの灯りとなることを。

     地方の映画館では19:30からの上映しかなく、90席ほどの場内には30人くらいの観客であっただろうか。うち野球帽を被った子供を連れた家族が2組。
     できるだけ音を立てないように涙を拭きながら、そっと周りの様子をうかがってみると、ひかえめに鼻をすする音が所々で聞こえる。
     エンドロールの最中に退席する人はなく、帰る人たちは皆それぞれの想いに耽っているようだった。