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又江原 力

新しい期のスタート。 環境の変化と共に期待、不安、羨望、嫉妬、様々な気持ちが浮かんでは消えて行く。 以前なら環境の変化に確実に流されていた、惑わされていた。今は過去より少しだけ落ち着いている気がする。 理由は755だ。 見城さんを始めとした、皆さんの言い訳しない生き様。 言い訳の多くは環境だ。ただ、環境を言い訳にしないと環境変化にも耐えらるようになり、自分自身がブレないように思える。 そもそも、755の皆さんは言い訳をされないので、このことは前提の話になるが。 環境の変化に柔軟に対応しつつ、自分自身を貫き、傷つき、誤解され、一日を生き抜く。 一日一生、これからもよろしくお願い致します。

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又江原 力のトーク
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  • 又江原 力
    又江原 力
    投稿画像

    本屋に立ち寄ったら、幻冬舎文庫のコーナーと出会いました。

    『破裂』を購入。

    著者は久坂部羊、カバーの絵は心臓、そして色づいた冠動脈。

    医療過失、医局の出世争い、厚労省による医療の国家統制。
    元新聞記者、エリート医師、官僚、被害患者家族、告発医師の5人の物語。

    『「私」という男の生涯』を読み終えたら、読みたいと思います。

    コーナーにはもちろん『たった一人の熱狂』が。
    昨日、初版本を再読したばかりでした。

    共同体に飲み込まれそうな時、立ち向かう時のバイブルです。

  • 又江原 力
    K0183K0183

    見城さん、755の皆さま、こんにちは。

    今日三月十九日は、恩師の一人の命日。もう亡くなってから二年になる。早いな。

    世界的な脳外科医。「神の手」「ゴッドハンド」「ラストホープ」と称賛され、生涯、現場に立ち続けた人。テレビにもよく出演されていたから、皆さまもきっとご存知だろう。

    亡くなる数ヶ月前に、最後に来日した際、おそらくご自身がそう長くないことを知っておられたと思う。米国へ帰路につかれる先生が私に気づき、こう声をかけてくださった。
    「先生も頑張ってね」
    あの短い一言の温度が、今も消えない。あれはきっと先生なりの別れの言葉だったのだ。

    五十年以上にわたり、過酷な戦場に立ち続けた。
    その背中は、追いかけても届かない。
    けれど、進むべき方向を照らす灯であり続けている。

    そして今日は、東京の桜の開花日でもある。

    師走に書いた。かつて「来年の桜を見られたら、死んでもいい」と言った患者さんのこと。
    その桜は、今年も咲いた。

    恩師の命日に、桜が咲く。
    偶然にしては、あまりにもできすぎている。

    桜を見たかったあの患者さん。
    最後まで現場に立ち続けた先生。
    一方は咲く前に散り、一方は散るまで咲き続けた。

    私は今年も、桜を見る側にいる。
    恩師が残してくださった火を消さぬよう、あの患者さんが見たかった桜の下で、今日も現場に立ち続ける。

    先生、今も頑張っています。

    正直、誠実、善良、真心。
    本日もよろしくお願い申し上げます。

  • 又江原 力
    又江原 力

    K0183さん

    "私は今年も、桜を見る側にいる"

    この言葉が胸にズッシリと響き、「有為転変」が浮かびました。

    世は常に移り変わり儚いもの、その流れの中で我々も必ず桜が見れなくなる。

    この桜のような短い人生をどう生きるか。
    風に流されるのか、抗うのか、狂い散るのか。

    他者のために生き、何度も何度も裏切られ、騙されて、あしらわれ、軽んじられる。

    自己本位で生きるのが、他者にとっても自分にとっても良いだろうと変化した。

    それでも最近は「他者のために役に立ちたい、期待に応えたい」と思えるようになってきた。

    以前は実力が伴っていなかったのだろう。だから絵空事、綺麗事になっていた。

    まだまだ未熟だが、もう一度他者と向き合おうと思う。幸いにも頼ってくれる仲間もいる。

    誰かのために散るのも美しい。
    理解を求めず、誤解を恐れず、一歩を踏み出す。

    そう思うための勇気をもらえた投稿でした。
    これからもよろしくお願い致します。

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  • 又江原 力
    又江原 力

    K0183さん
    リトークとコメントありがとうございます。

    温かくも厳しくて切ない、悩み苦しみながらも生き抜かれている姿に、私も勇気を頂いています。

    珍しく家族のグループLINEで父親が投稿しました。誕生日にプレゼントした帽子を被っていました。

    アウトドアブランドの帽子ですが、ブランドも知らずに被っていたのが父親らしいです。

    私も故郷を捨てて生きています。両親も応援してくれていますが、寂しさもあると思います。

    当時は無我夢中だった、早く故郷を出たかった。両親の事は何も考えていなかった。そして沢山迷惑をかけた。

    当時の選択が正解は分からない。できる事は正解だったと思えるように今を生きる。

    来年の桜が見れるとしたら、今年とは違った想いで見れるだろうか。

    まだ間に合うものがあると信じて。
    一日一生。

  • 又江原 力
    ikutamaikutama

    この投稿が自分の芯に直撃しました。
    狡猾=自分だけが得しようと、さりげなくずる賢いこと。
    この言葉が私の生き方を表しています。狡猾だから、いつまでたっても気配りができず、行動が雑で、成長が無い。その狡猾さを自覚する。たとえ絶望して立ち上がれなくなったって、このまま生きるよりはいい。自分の慰めのためではなく、本当に人を想い、誰かのために生きたい。だから自分の狡猾さを強く自覚します。

  • 又江原 力
    又江原 力

    ikutamaさん
    私も強く共感します。

    狡猾に生きるくらいなら、恥をかいても、誤解されても構いません。

    まずは自分の狡猾を認める。そこがスタートだと思います。

    見城さんの「それが今の段階の誠実さというものだ」が響きます。

    狡猾さを自覚し続けることで、段階を踏めると信じている。

  • 又江原 力
    見城徹見城徹

    本日の静岡新聞夕刊の僕の連載コラム[窓辺]です。
    『755』(2019.2.4掲載)

    755というトーク・アプリがある。逮捕され、服役していた堀江貴文が出所して、親友のサイバーエージェント社長・藤田晋と作ったSNSだ。因みに、755は堀江の囚人番号である。2人に頼まれてスマホなど使ったことがなかった僕が、覚束ない手つきで始めてみた。
    2回の中断後、2016年2月10日から再開し丁度3年、ウォッチ数も600万近くになる。見知らぬ人たちからの質問に答えるのだが、その中に僕の熱狂的ファンだと言ってくれる「長太郎飯店」というユーザーに気づいた。トークに行くと美味しそうな中華料理の写真をたくさんアップしている。所在地が静岡市清水区だというのも心惹かれ、時間を捻出して高校の同級生を誘って行ってみた。水餃子、油淋鶏、里芋のスープ、ガーリック炒飯、茄子そば…。ごく普通の中華屋なのに出てくる1品1品がとんでもなく美味しい。今や豚まんは全国的に有名で韓国にも進出した。
    オーナー・シェフの石田雅也さんは物静かなナイス・ガイ。以後、755で僕を慕ってくれるユーザー達と何度も訪れている。
    755は不思議な仮想空間だ。見ず知らずの人たちとネット上で会話し、心が通い合えばリアルな世界でも親しくなって行く。長太郎飯店に出会わせてくれたのも755だ。朝のベッドの上。仕事から仕事へ向かう車の中。寝る前の書斎。かくして僕は、今日も無名だけれども懸命に生きている人たちに想いを馳せながら心を込めて文字を打ち込む。

  • 又江原 力
    又江原 力

    新しい期のスタート。

    環境の変化と共に期待、不安、羨望、嫉妬、様々な気持ちが浮かんでは消えて行く。

    以前なら環境の変化に確実に流されていた、惑わされていた。今は過去より少しだけ落ち着いている気がする。

    理由は755だ。
    見城さんを始めとした、皆さんの言い訳しない生き様。

    言い訳の多くは環境だ。ただ、環境を言い訳にしないと環境変化にも耐えらるようになり、自分自身がブレないように思える。

    そもそも、755の皆さんは言い訳をされないので、このことは前提の話になるが。

    環境の変化に柔軟に対応しつつ、自分自身を貫き、傷つき、誤解され、一日を生き抜く。

    一日一生、これからもよろしくお願い致します。

  • 又江原 力
    又江原 力

    見城さん、おはようございます。
    リトーク、拍手ありがとうございます。

    自己検証、自己嫌悪、自己否定。
    押忍!

    一日一生、正面突破。
    本日もよろしくお願い致します。