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ikutamaのトーク
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  • ikutama
    ikutama
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    仕事が思うようにならず、ため息をつきながら帰りました。
    『憂鬱でなければ、仕事じゃない』
    今日、この言葉と改めて向き合いました。

    人が避ける苦しい場所にこそ、自分の仕事がある。苦難があるから情熱が湧く。
    「迷った時は、前へ出ろ」「憂鬱を、抱えて暗闇の中で力いっぱいジャンプする」
    一度読んで終わりじゃない。折に触れて何度も読み返す。これまでに出会った本が、新たな気づきを与えてくれる。
    書棚に並ぶ本は、私の御守りです。

  • ikutama
    見城徹見城徹

    一流と三流を分けるものは何だろう?
    当たり前だけど、地位や名声や財産ではない。
    僕は他者への想像力だと思っている。一流はどんな小さな場面でも命懸けで他者への想像力を駆使している。その上で場面を張る。つまり繊細と豪胆をスウィングしている。その心のダイナミズムに人は魅せられる。三流はいい人だけど、悪魔の繊細さがない。小さいことに目が行かない。実は大事なものを悪意もなく見過ごしてしまうのだ。だから、何事も上手く行かない。一流であり続けるのは辛い。心が引きちぎられる。それでも僕は一流の人になりたいし、一流の人でいたい。一流とは生き方の問題なのだ。

  • ikutama
    ikutama

    『他者への想像力』に終わりはない。自分が困っていないときには、他者の身になる。自分が苦しいときも他者の視点を忘れない。その上で、自分の決断をする。
    誰でも一流を目指せる。自己満足を超え、他者から一流と認められてこそ、本物の一流。他分野の人に感謝され、同志から認められる。そんな人生でありたい。
    三流に甘んじることなく、苦難を引き受け、情熱を燃やしたい。

  • ikutama
    見城徹見城徹

    2時間ほど寝て、目が覚めてしまい眠れない。しょうがないから755を散策している。この10年、良くも悪くも755に僕の人生は刻まれている。『喜びも悲しみも幾歳月』という1957年の木下惠介監督の映画を何故か思い出した。主人公は海上の船を見守る幾つかの灯台守をしながら人生の様々な苦難を乗り越える。755という海の
    灯台守。センチメンタルな気持ちななる。
    755に見守られ、755を見守って来た。
    映画の感動的なラスト。喜びも悲しみも幾歳月。人は善良に誠実に自分の運命を引き受けて生きる。愛する。戦う。のたうち回る。そして、最後に微笑みながら海を渡る風になる。それで良し。そう思うしかないよね。ねえ。

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  • ikutama
    ikutama

    見城さんの10年が刻まれた755。755を通して人の心を猛烈な精度で見つめ、見守っている。
    見て、想い、願い、忍ぶ。
    本当にありがとうございます。755と向き合うことは、自分の人生と向き合うことであり、皆様の人生に触れること。
    755を始めて2年半。皆様と共に過ごした幾歳月を私も噛み締めています。

    https://youtu.be/H9GIqaQ9PVI?si=Nd1Bb6KcgzRh_hmT

    喜びも悲しみも幾歳月
    作詞・作曲:木下忠司
    唄:若山 彰

    俺ら岬の 灯台守は
    妻と二人で 沖行く船の
    無事を祈って 灯をかざす 
    灯をかざす

    冬が来たぞと 海鳥なけば
    北は雪国 吹雪の夜の
    沖に霧笛が 呼びかける 
    呼びかける

    離れ小島に 南の風が
    吹けば春来る 花の香便り
    遠い故里 思い出す 
    思い出す

    朝に夕に 入船出船
    妻よがんばれ 涙をぬぐえ
    もえてきらめく 夏の海
    夏の海

    星を数えて 波の音きいて
    共に過ごした 幾歳月の
    よろこび悲しみ 目に浮かぶ
    目に浮かぶ

  • ikutama
    見城徹見城徹

    ↑ ラミレスという名前の付いた選手は
    ピッチャーでもバッターでも、いつの時代でも全員同じ顔に見えるのは僕だけなのか?

  • ikutama
    見城徹見城徹

    胸を激しく揺さぶられる壮大な人間ドラマを観た。何という映画!何という演出!今、茫然としている。
    塚本晋也監督[ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?]。
    言葉がない。ただ「観て下さい」と言うしかない。リアルな戦争を描いて個体の表現として屹立している。塚本晋也監督、凄い!キノフィルムズ、凄い!

  • ikutama
    ikutama

    塚本晋也監督コメント

    大岡昇平さんの「野火」を映画化するとき、さまざまな資料、書籍を読んだが、そのとき出会った何よりも恐ろしいノンフィクションが『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』だった。アレン・ネルソンさんは、ベトナム戦争で多くの人を殺した。そして戦争後遺症に生涯悩まされ続けた。自分の犯した罪とその後の人生を包み隠さず吐露した本は、いつまでも頭から離れず強烈に自分の心に刻み付けられた。
    これがもし映画になったら?と想像すると、今の世の中に絶対必要なことに思えた。戦争がどういうものか。戦争が人をどう変えるか。周囲の人にどういう影響を与えるか。
    同時に、そんな恐ろしい考えは持たないようにしよう、と逃げる理由も考えた。
    映画化はあまりに難しく、逃げる理由はいくらでも並べることができた。
    その物語に近づこうとするたび、人間の暗部がいやというほど浮き彫りになり、苦痛を感じた。しかし、体は、この企画の実現のためにとどまることを忘れ休みなく動き続けた。果たして映画化は困難を極め、作らなければ、でも逃げたい、というせめぎ合う気持ちは7年もの間完成に到るまで続いた。
    あちこちで戦火をあげている今の世界。それをますます身近に感じるようになった。これは、アレン・ネルソンというアフリカ系アメリカ人の一人の兵士を描いた真実の物語だ。
    今は亡くなってしまったアレンさんを蘇らせ、人々に知ってもらうことが今の世の中にどうしても必要、という考えを捨て去ることができずに、多くの人たちの理解と協力を得て完全なものとして出来上がった。
    彼の生きる姿が、皆さんの心に届くことを心から願っています。

    https://nelsonsan.jp

    塚本監督は別のインタビューでこう答えている。
    『殺戮がだんだんエスカレートし、やがて効率的な殺戮を思いつき実行するシーンは絶対に撮らなきゃいけないと思った…その場面が本の中でもっとも陰慘だったからです。』

    理由は分かりませんが、この映画は全国公開に至っていません。