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さくら

見城さんのトークは奇跡のトーク。755は奇跡のSNS。何度となくその奇跡を見てきましたし、自分自身にも奇跡はおこった。755が、見城さんのトークがあったからこその奇跡。まさか見城さんにお会い出来る日が来るなんて思いもしなかったです。 見城さんのトークそのものが、生きる上で大切なことを教えてくれる本のような存在。見城さんのトークからリトークしたいなって思った瞬間から、どうやってそれに対し自分の感想を書こうかと考える。 その考えが始まった時から自己満足の始まりではありますが、 リトークしたからにはきっと見城さんがわたしのトークを見に来てくれる。だからしっかりした言葉で自分の感想を、感情を、誤解のないよう失礼のないよう、あるいは見城さんだけではなく見にきてくれるかもしれない方々にすら嫌な気持ちにならないようにどうやって文章を組み立てようかと考える。しかもそれなりにスピードも大切。 こうした気持ちでリトークし、その後は一気に書くようにしてます。それを言い訳にしたくはないですが、スピードを気にしてしまうから誤字も多くて。これにはあとからいつも恥ずかしさが自分に押し寄せます。 普段の見城さんのトークを読むだけでもたくさんのヒントがあったり、自分のためになる言葉が散りばめられてるし、 何と言っても他では知り得ない見城さんのセンチメンタルな部分や喜怒哀楽を感じられるのが凄く嬉しいです。 そして何かに対しての感想、リトークしての感想、こうして感想を書くことで他者への想像力、自己否定等々、見城さんが常々仰有ってることが少しずつでも身に付いていく。 見城さんからいただいた目には見えない大切なことを肝に命じ、これからの人生も生きていく。わたしには何も返せないかもしれないけど、これからもずっと見城さんを感じながら生きていきたい。これって超自己満足ですよね(笑) 今は本当に世界規模で大変な時ですが、どうかお身体を大切にしていただきたいです。そして叶うことなら、いつかまた見城さんと、見城組の皆さんと、笑いながら食事出来たらなと願っております。 改めまして、 心の支えである見城さん、ありがとうございます。

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さくら
トーク情報
  • さくら
    さくら

    報知映画賞
    栄光のバックホーム・松谷鷹也さん、新人賞おめでとうございます。
    記事を読んで泣きました。
    見城徹総指揮、秋山純監督への感謝を伝えたそうで、受賞スピーチを聞きたかったです。
    ああ、また涙が。。。


    31歳のオールドルーキー・松谷鷹也、『報知映画賞』で新人賞 壇上で号泣 秋山純監督は“元アシスタント”を労い「今日でクビです」(オリコン) - Yahoo!ニュース https://share.google/UNpMVTTjHTaIQEIhX

  • さくら
    さくら
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    報知映画賞 歴代新人賞

    第1回~第50回まで。
    歴代の新人賞受賞者が凄い。
    松谷鷹也さん、本当におめでとうございます。
    見城さんの圧倒的存在があればこそですが、秋山監督と松谷さん、そこに関わる全ての存在。そして755。
    どれか一つでもピースが欠けていたらおこりえなかったかもしれない。
    素晴らしい作品と松谷さんの演技。演技とはいえスクリーンの中には確かに横田慎太郎さんがいました。
    映画「栄光のバックホーム」関連の記事を読むたびに涙が出ます。

  • さくら
    さくら

    12月は普段以上に見城さんにお会いしたくなります。誕生日が12月だからかなと思いつつ、今までお会い出来たのが12月が多いからなのだと自己完結。
    見城さんのあたたかさや真心、吉田さんのご配慮もとても大きいです。

    思い返せば755を始めて見城さんが755にいらっしゃるのを知った時はずっと会いたい会いたい言ってた勘違いヤローでした。
    あれからもうすぐ10年になります。時間が経つのはあっという間。
    少しは成長出来たかな。
    少しは他者への想像力ついたかな。
    まだまだだし逝くまで日々学び日々悶絶する。その先にしか微笑みながら逝ける日は来ない。見城さんのおかげで色々なことを知れています。
    切ない今日もそんなことを考えながら生きます。

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  • さくら
    MiRAIMiRAI

    ↑「切ない今日もそんなことを考えながら生きます。」

     今朝読んだこの言葉、この投稿に、身がよじれる程の共感をしてしまったし、目頭があつくなりました。

     そして、改めて拳を握り、戦い、裏側で様々悩み、心を震わせながら一日を過ごしました。

     さくらさん。この投稿嬉しいです。
    リトーク失礼致しました。ありがとうございます。

  • さくら
    さくら

    MiRAIさん、ありがとうございます。
    そしてMiRAIさんもまた、日々切なさの中で闘い、見城さんの存在を心の拠り所としているのですよね。

    辛い時、「見城さんの憂鬱と比べたら僕なんか」と思い乗り越えられるし、
    嬉しい時、「見城さんに伝えたい」と誰よりも真っ先に伝えたい。

    大袈裟ではなく、見城さんの存在が生活の一部になっています。
    見城さん、見城さんを慕う755の皆さん、そして755そのものに感謝いたします。

  • さくら
    見城徹見城徹

    後1週間経てば75才になる。角川書店(現・KADOKAWA)に入社して5年間ぐらいはどの作家のところへ行っても「担当編集者で君が一番若い」とよく言われたものだ。所属したのは総合文芸誌[野性時代]。編集長を含めて8人。今や僕以外は全員鬼籍に入った。当時、毎夜のように酒を飲んだ中上健次、立松和平、つかこうへい、高橋三千綱、坂本龍一らも既に亡い。編集者になって50年以上が経過した。僕はまだ編集者だ。
    まさか出版社を自分で作ることになるとは想像もしなかった。高校時代から憧れだった五木寛之
    さんと仕事をしたかった夢も僕の25通の一方的な手紙で現実となり、海外取材も4度同行させて貰った。幻冬舎を創立して3年目に書いていただいた[大河の一滴]はロングセラーとなり、累計部数は330万部に達している。初めてお会いした時、五木寛之さん44歳、僕は25歳。膨大な時間が流れたのだが、五木寛之さんと初めてお会いしたホテルのティーラウンジでの会話がまるで昨日のようにも思える。[大河の一滴]から30年。
    来年の1月か2月には[大河の一滴 最終章]が
    幻冬舎から刊行される。映画[栄光のバックホーム]、舞台[つか版 忠臣蔵]、書籍[大河の一滴
    最終章]。僕はジーンズとブルゾンで走り回る
    まだまだ現役の編集者だ。編集者になって良かった。

  • さくら
    さくら

    編集者としても人としても、たくさんの方々との出会いがあり別れがあったと思います。それも膨大な。
    どれほどの汗をかいたか、
    どれほどの涙を流したか、
    喜びもあれば裏切りもあったでしょう。
    そうしたことを想像しても、きっとそれはひと握り。私なんかの想像の何倍も何百倍もの苦楽があったはずです。
    笑い飛ばす夜よりも、グッと唇を噛み締め堪える夜のほうが。
    笑みがこぼれる朝よりも涙が出そうなほど切ない朝のほうが。
    そうした憂鬱な日々の先に、圧倒的努力の先に、今の見城さんがいると思うと涙が出るし頑張れる。
    見城さんの生き様を見知り勇気が貰える。見城さんと出会えた私は贅沢者だと思える。
    人生上手くいかないが、私の人生、見城さんと出会えたことだけは誇れます。
    厳しくも優しい、真心ある、
    編集者・見城徹!という漢に出会えて本当に良かったと改めて思いました。

    呼び捨て失礼致します。
    編集者・見城徹さん!
    ではない方が良いと思い、失礼ながら「さん」を取らせていただきました。

  • さくら
    さくら

    見城さん、75歳の誕生日おめでとうございます。

    いつからか一つ一つ歳を重ねることの節目となる誕生日を心から嬉しいと思えなくなってる自分がいるので、それを毎年見城さんにおめでとうございますと伝えることが果たして良い事なのかと思いはするのですが、
    それでも尊敬する見城さん、親父のような見城さんのご誕生日ですから、やっぱりおめでとうございますなんです。
    どうかお身体を第一に、大切に、生涯現役でこれからも圧倒的で時にセンチメンタルで、誰よりも厳しく誰よりも優しい見城さんの姿を見せてください。

    すいません、どうしても私の755に書いておきたかったです。

  • さくら
    さくら

    2026年もよろしくお願いいたします🎍

    見城さんに新年のご挨拶を直接出来たらと思いつつ、そこはグッと堪えて私自身の755に。見城さんが好まないのも想像出来ますが、仕事は関係することはないですし、プライベートだって基本的な絡みはありません。全ては755があればこそのご縁。ならばここに書くのが一番です。
    一年一年、一日一日、見城さんの存在に支えら生きています。
    2026年も見城さんの存在、755にいらっしゃるありがたさ、そうしたことに感謝いたします。
    見城さんにおきましても、健康で良き2026年になりますよう願っております。