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さくら

名残り桜 AKB48 作詞・秋元康さん 懐かしい通学路 久しぶり Hello again あの日初めて 恋した君が横にいる 大人になんてなるか! 子供じみたこと 言ってたっけ 制服着ていない 僕たちは何者だ? 名残り桜 泣けて来る 何を見ても全て 何かを思い出す 風に揺れる花びら 青春はあっという間に散る 好きだった 君のこと 今でも… 教室の仲間たち どこで春を過ごす? 風の便り やがて届かなくなった 大人になった今では 美化しているんだ あの頃 十字路で別れて 未来を上書きしよう 名残り桜 さよならだ 薄紅の花びらが青空に舞ってる それぞれの道へ 告白はできなかったけど 何回も振り向いた Graduation もう きっと あんなに 切ない日々は来ないだろう 若さとは過ぎて行く季節に気づかぬこと 満開の希望はどこに行ったのか? 名残り惜しい 葉桜よ 胸に咲いた花は いつしか消えて行く 来年 また会おう 青春はあっという間に散る 好きだった 君のこと 今でも… AKBにとって15年ぶりの桜ソング。 何歳になってかなぁ、40歳を過ぎたあたりだったか、この歌詞のようなことを幾度となく思うことがある。 特に「何を見ても 全て何かを思い出す」とか、「もう きっと あんなに 切ない日々は来ないだろう」とか、「若さとは過ぎて行く季節に気付かぬこと」とか。 今回も秋元康さんらしい、一切難しい言葉を使ってないのに心をグッと掴んでくる感じ。桜の咲く頃、街が卒業で溢れる頃、そんな季節にこの歌詞が胸に沁みてきます。 人はたくさんの出会いと別れを繰り返し生きています。一人では生きられない。だからこそ、誰と出会い誰と生きてきたかはとても大切で。 何となく過ごしてしまった人生。だけど、晩年になってしまったけど私は見城さんと出会たんだ。だから少しだけど変われた。 変われた一つに転職があって、50歳で転職はかなり勇気が必要で。でも今のままでは笑って生きられないと思った。圧倒的にワンマン経営者でパワーで押し付けてくる会社だった。でもあと20年以上我慢したのだからあと10年我慢すればと思ってた。 そんな私は見城さんの言葉たちや755での見城さんを感じそして会うことが出来た。 最後のとき、「微笑みなが逝く」 見城さんが常々仰るこの言葉が背中を押し今がある。 2月の埼玉建設新聞に昨年埼玉県から表彰された記事が載りました。それを見た以前の会社で付き合いのあった数人の方からお祝いの電話をいただきました。その時に「見てるか?辞めた元社員は前より生き生きしてるんだぞ?辞めさせなければ良かっただろ?」と、思ってしまった自分がいた。 あとから思った。なんて私は卑しいんだろうと。なんてちっぽけなんだろうと。 こんなんじゃ微笑みながら逝く資格ないな。いや、微笑みなんて出来ない。 でも今はその考えも薄れ、 今があるのは全ての出会いの上に成り立っていて、何かが欠けていたら違うものになっていたかも知れない。だから恨み節を語っているのは違う。以前の会社での経験があればこそ、でもある。 少しだけ前の会社に感謝の気持ちが芽生えたら、あの頃の重い日々が軽くなった。どうでもよくなった。また前を向けた。 毎日、見城さんの755を見てるだけでもこうして自問自答出来る有り難さを感じてます。 見城さんの言葉に触れていれば、 「微笑みながら逝く」 ことが出来そうです。 秋元康さんの詩で心躍ったり涙したり想像し、 見城徹さんの言葉でリアルと切なさ、センチメンタルを感じ取る。 なんて贅沢なんだ。 同じ時代を生きていることに感謝!!

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  • さくら
    さくら

    清水市、静岡市。
    合併して静岡市になったけど、見城さんが故郷を思う時は紛れもなく「清水市」として思いを寄せるのでしょうと勝手に想像してます。
    私も、合併して加須市になったけど、私自身は今でも合併前の「大利根町」として生きている。あくまでも思いですけど。どこの出身か?と聞かれたら、知らないと言われるのを承知で「大利根町です」と答えます。
    ただし続けて、今は加須市で久喜市とか利根川の方、と言います。
    どっちにしても、埼玉県民以外には知られない街ですけど。

    清水市と静岡市は違うけど、見城さんファンとしては「FUJIKO」の映像は気になります。

  • さくら
    さくら

    東野圭吾さんの訃報はあまりにもショックです。本当に東野圭吾さんの作品が大好きで長編も短編も本当に大好きで。
    特に短編の「天使の耳」は若かった私にあまりにも強烈に心に残りました。
    幻冬舎さんでは「プラチナデータ」や「架空犯」に衝撃を受けました。
    世間的には「ガリレオ」シリーズが人気ですが、それ以外の方がむしろ好きで。
    若かすぎます。これからも新作を読みたかった。
    ご冥福をお祈りいたします。

  • さくら
    ゆあたんゆあたん

    皆さん忘れてないですよね。

    2008年7月30日
    SKE48の1期生が誕生しました。
    アレから18年か。
    本当色々ありましたね。

    そして、
    2009年8月5日に1stシングル「強き者よ」をリリースしランティス(現:バンダイナムコミュージックライブ)からメジャー・デビューしました。

    皆さんと語り合いたいですね。

    ありがとうございます。

  • さくら
    さくら

    毎年夏は忙しく休みも取れない中で、転職活動も同時進行。
    10月を目処に新天地に。
    個人的なことを優先で大変申し訳ありませんが、これらが落ち着いたら、
    以前から実現しましょうと約束していた、ゆあたんさんとヲタクで語り合う会が出来たらなと思います。
    必ず実現したいです。

  • さくら
    さくら

    https://youtu.be/8TrYKZt7Pd4?si=MyOeugLCTbmwgzfr

    YouTubeは非公認の拾いですが、サンドイッチマンさんのネタに出てくる有名な?萬みきおさんの名曲「契り」を、なんと竹内まりやさんがカバー!しかも萬みきおさんの弟子「億まりや」さんとして!
    山下達郎さんの協力も得てレコーディングしたそうで、サンドイッチマンさんと竹内まりやさん、山下達郎さんとの人間関係が垣間見れてほっこりしました。
    世知辛い昨今、何でもないけどあたたかな気持ちになりました。

  • さくら
    さくら

    本日8月13日は私の誕生日です。57歳になりました。
    あと3年で定年。再雇用を望めば65歳まで現職場で働けます。但し、1年毎の契約で個々の立場や能力により年収が下がるのが一般的です。
    定年を65歳に引き上げる会社もありますが全体の20%と言われてます。
    現会社の社長に改めて聞いたところ、例外なく1年毎の契約で僅かだとしても下がるし定年を引き上げる予定もないとのことでした。
    これからのことを考えたら、まだ年収下がるのは困るのでどうしたものかと思うようになった矢先に、転職の話が舞い込みました。
    私の細かい経歴を伝える前に実際に面接をし、何より話した感じから人柄の良さを評価して頂き、ほとんど内定という状況で、より詳細な面接をして更に評価して頂き正式に内定が決まりました。
    正直、年収大幅アップで65歳まで下がらないのはとても有難いです。ですが、「人柄」を評価して頂いたことは本当に嬉しかったです。
    57歳で転職はとても憂鬱で億劫でした。本音は動きたくなかった。人間関係も良好でしたし仕事内容の不満もなかった。でも老後のことはもちろんだけど、こんな歳でも是非にと、若い衆を育てる為にも迎えたいと、そう言われて動かなかったらきっと後悔すると思いました。
    憂鬱で面倒でも決断出来たのは755があったからだし、何より見城さんの数々の言葉たちに触れてきたからです。そして見城さんの背中が大きかったから。その大きな背中を私なりに見つめて来たから。決して辿り着くことの出来ない背中だけど、憧れている背中は光となり導いてくれる。見城さんと出会ってからの私は間違いなく良い選択が出来たと思うし変われたと思います。
    いくら評価してもらったとはいえ、選んだ道は決して楽ではないけれど、
    これからも他者への想像力を胸に、いくつになっても暗闇でジャンプし、最期のときに微笑みながら逝けるように生きて行きます。
    何度でも言いますが、見城さんの存在に本当に感謝しております。
    見城さん、ありがとうございます。

    誕生日を機に、近況を含めた私の勝手な思いを書く失礼をお許しください。

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  • さくら
    見城徹見城徹

    755をはじめて10年以上が経過した。
    まさしく僕の日々は755と共にあった。755を勧めてくれたのは755の創業者の堀江貴文と藤田晋だ。秋元康と僕が僅かな株を持たせてもらった時期もあるが、今はサイバーエージェントの100%の子会社として営業を続けてくれている。こんなにも真心と血の通ったSNSは他にない。
    僕にはかけがえの無い755のメンバーがいる。皆んなの喜怒哀楽に目を澄ます。息遣いを感じる。足音を聴く。勿論、僕の日々想いも吐き出して来た。生まれ落ちてしまった者の死ぬまで続く生きる切なさ。755があってここまで来た。755がある限りこれからも755と共に生きる。精進する。忍ぶ。755よ、有難う。

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  • さくら
    さくら

    今となっては755のない世界は考えられない。
    もちろん見城さんがいてこその755ではあるけれど、収益度外視で755を存在させている藤田さんに感謝。
    これまでに様々な人たちが来ては去っていった755。
    ずっと残っている人たちはきっと僅か。そして今、見城さんがいる。私も挫折を味わいながらも続けてこれた。
    見城さんとそこに集まる755を大切にする人たち全てに感謝。
    いつか終わりは来るけれど、755が存在しそこに見城さんがいらっしゃる限り、この場所を大切にしたいです。

    切ない!
    涙!

  • さくら
    さくら
    ゆあたん
    お誕生日おめでとうでした!。 体調崩してには気をつけてください。 僕も最後のアイドルプロジェクト頑張ってます。 なる早で会やりましょう!

    ゆあたんさん!
    ありがとうございます。
    新しいプロジェクト、楽しみです♪
    私も落ち着いたらイベント参加したいです。
    そして色々語り合う会、必ずやりましょう!私次第ですいません、必ず企画します!
    色々楽しみです♪