15年くらい前、その頃はジャズの聖地と言われるジャズ喫茶ベイシーの近所に住まいを構えていたから、週に一度くらいは足を運んでいた。 ベイシーと冠しているだけあってビッグバンドの再生に定評のある店だけど、クインテッド、クァルテッド、ピアノトリオに女性ヴォーカルと、ターンテーブルに乗る盤は幅広く、モダンジャズの懐の深さを堪能出来る店だった。 レコードのA、Bどちらかの再生が終わると、マスターが次のレコードを選ぶ。おそらくは来ている客の顔ぶれと前の盤との兼ね合い、オーディオの具合とその時の気分から次の一枚を選んでいるのだろう。このレコードの切り替わる時の、シーンと静まり返る一瞬が好きだった。次は何だろう。 幅広いと言っても、主に流れるのはジャズの黄金期である40年代から60年代始めまでのものがほとんどで、アート・ペッパー、ジョン・コルトレーン、ウエス・モンゴメリー、デューク・エリントン、レスター・ヤング、セロニアス・モンク、アート・ブレイキー、そんな名の知れた顔が軒を連ねる。 そんな古いジャズに紛れて、比較的近年の作品が流れる時がある。この一枚キース・ジャレットの「スティル・ライブ」を聴いた時もそうだ。 オープニングの「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」は誰もが知るスタンダードナンバーだが、その主題が始まるまでの序奏が素晴らしい。センチメンタルでいて牧歌的、破壊的なものと優しさが同居する輝かしいピアノの旋律に、鳥肌が立たない私ですら鳥肌が立ったのを思い出す。 スタンダードナンバーというのは、その馴染みあるメロディーとコード進行から、演奏者の人生や心象風景が浮かび上がってくるところに魅力がある。この序奏にはスタンダード演奏のそんな醍醐味が溢れている。 あの時ベイシーで聴いたこの曲、今も忘れられない。