橋場日月のトーク
トーク情報- 橋場日月
橋場日月 で、その松葉屋。
幕府公認の遊里・吉原に対し、非公認の遊里は「岡場所」と呼ばれたが、そのうち深川は「辰巳芸者」で知られる殷賑ぶりだった。
「富岡深川草」はだいたい「べらぼう」と同時代の深川ガイドブックで、その中にこれも「松葉屋」がある。こちらは遊女屋ではなく茶屋(遊女を呼び出して客と遊ばせる)だが、筆頭の規模を誇ったらしい。
吉原の松葉屋は郭内にいくつも支店(分家?のれん分け?)を持っていたが、この深川の松葉屋もそれだろうか。
だとすれば、気軽に遊べる岡場所に押されがちだった吉原の経営者が、リスク分散のために深川にも拠点を構えた、とも考えられる。
ドラマの松葉屋半左衛門さんは茶々なるニャンコにうつつをぬかしておられたが、実際はとんでもない戦略家だったのかも。 - 橋場日月
橋場日月 https://news.yahoo.co.jp/articles/de0b8d468abae68e7bef5cdecc2f1e950c029b91
肝に銘じます。ご冥福を、とは申しません。お疲れ様でした。