https://toyokeizai.net/articles/-/114974
この記事で見城さんを知り、見城さんの著書「たった一人の熱狂」を貪るように読んでその生き様に引きずり込まれた。
そして、恐る恐る755というSNSに登録をして見城さんのトークにコメントを書き込ませてもらった。そうしたらリアル見城さんからのコメントまで頂き益々見城さんの一言一言に夢中になった。
生きる勇気と軸をブラさない生き方そして言葉による自己検証の大切さ等々書ききれないくらい見城さんから多くの生きるヒントを教えていただいた。
多くの方特に若者が755という奇跡のSNSで見城さんとの真剣勝負を経験して暗闇でジャンプをしてもらいたい。
ケントのトーク(他者への想像力を駆使した言葉で考える!)
トーク情報ケント 見城徹見城徹 静岡新聞の僕の連載コラム[窓辺]の第6回目です。
『エド』(2019.2.11掲載)
20年程前、熱海に温泉付きリゾートマンションの1室を持っていた。
最上階の角部屋で地中海と見紛うような景色が見渡せて、一目で気に入った。
森村誠一さんが「人間の証明」で人気絶頂の頃から各社の担当編集者が集合する会が年に2回盛大に熱海で催され、毎回出席していたので土地勘もあった。週末は熱海で過ごすことが多くなった。中華の「壹番」、フレンチの「カフェ・ド・シュマン」、洋食の「スコット」、しゃぶしゃぶの「はまだ」等によく通った。
丁度、エドと名付けたシェットランドシープドッグを飼い始めたところだったのでエドとよく街を散歩した。フランス・ニースの海浜公園を彷彿とさせる海岸沿いをトレーニングも兼ねてエドと走った。子供の頃、飼い主夫婦の夫だけに喋る馬が主人公の「アイ・アム・ミスター・エド」というアメリカの連続ドラマがあって、大好きだった。だから馬に似た犬種で、いつか喋ってくれるという期待を込めて名前もそこから頂いた。走り終わった後、海を見ながら海浜公園のベンチに座って、傍らのエドに仕事の愚痴や人生の感傷を話しかけたものだ。エドはついに喋ることもなく15歳でこの世を去った。
マンションは6年程で売り払ったが、何人かの作家が熱海に住んでいることもあって時々、熱海を訪れる。
海岸に足を伸ばす。ベンチに腰をかける。あの頃、エドは僕を励ましてくれる一番の親友だった。目を閉じると熱海の海にエドの姿が浮かんで来る。