ジョージのトーク
トーク情報- ジョージ
ジョージ リトークさせて貰いましたが、須藤さんと尾崎に対してのコメントは控えます。
ikutamaさんがアップしている尾崎のオーディション映像は地上波で一度しか流れた事がありません。
朝日放送制作・テレビ朝日系列で1993年11月5日(金) 21:00に放送された【驚きももの木20世紀】少年Aの伝説・尾崎豊の肖像の回の一部です。
ゲスト出演されていた見城さんの存在を初めて知った日でした。
すでに見城さんは有名人でしたが、読書も出来ない田舎の中1だった自分は見城さんをこの日まで知る事が出来ませんでした。
ただ、この回の放送を観た1時間後には見城さんの魅力を充分に理解出来ていました。
見城さんのファンです、
見城さんに憧れています、
色んな人が言います。
僕は腹の中でいつも思っています。
あなたが中1の時、見城さんの魅力をキャッチできるセンスがありましたか?と。
僕にはありました。 - ジョージ
ジョージ 同級生や親しい人から来るLINEは村上龍さんの事だけ。
喪失感とショックと受け入れたくない気持ちが混ざり合っている。
僕のLINEですらこうなるのだから、日本中がそうなっているのだろう。
初めて読んだ作品は「テニスボーイの憂鬱」
最新で読んだのは「ユーチューバー」
学生時代、友達の家に行けば必ず、必ず村上龍さんの本があった。
村上龍さんの本を読んだ事のないヤツとは友達にならなくていい。
そんな気さえした。
一方で同じ苗字の高名な作家をみんなが嫌った。
「俺は龍派だ、アイツは好きになれない」と。
読み終えた後、みんなが言う。
「絶対この人経験済みだよね?」
「ワルい事知らないとは言わせない」
生命力に溢れた髪と鋭い眼光。
潔癖が雰囲気に出ているにもかかわらず、笑顔が優しい。
話し方も惹きつける。
一方では晩年、老いてく自身の姿は耐え難かったと思う。
歳を取った姿は人それぞれだけど、時間というのは残酷にしか思えない。
若かりし頃
本を通じて、テレビを通じて、教えて貰った事がたくさんあります。
結婚式や何かのスピーチで親しい人に敬意を示す時、いつも村上龍さんのスピーチをオマージュさせて貰っています。
子供の頃から当たり前にいてくれた有名人が死ぬ。
僕ですら寂しい。 - ジョージ
ジョージ 魂のない人お断わり
私が育った基地の街に、「ダウンビート」というジャズ喫茶があった。マスターはとても変わった男で、チャーリー・パーカーを知らない奴にコルトレーンは聞かせないというような妙なポリシーを持ち、オレはどうして黒人に生まれなかったのだろう、と酔って泣き出すこともあった。クスリでハイになると靴ズミで顔を塗ったりした。
彼はジャンキーだった。私は彼に何度か白い粉をプレゼントした。だが、彼は年に何人か麻薬所持者を警察にチクることで、何とか生きのびていたのだった。そういうわけで私は見事にパクられた。
以後、彼は私を見るとコソコソと逃げるようになった。私は怒っていなかった。日本でジャンキーが生きていくことの大変さをよく心得ていたからである。
私のことが直接の原因ではないのだが、その半年後に彼は自殺してしまった。自殺は罪だ。
他の人の元気まで奪ってしまう。
↑大好きな世界観。
村上龍さんはやっぱりカッコいい。 - ジョージ
ジョージ 先日、あるバーで、大先輩作家に会い、「君はどうして小説を書くのかね?」と聞かれた。
下らん質問だなと思いながら、
生活のためだと答えた。
大先輩は、生活?と大声をあげ、
そんな寂しいことを言うな、と怒った。
大先輩としては、もっと聖なるもののために書いて欲しかったようだ。
「生活」というと、みないやな顔をする。
いやな生活をしているからだろう。
「生活」は辛く、同じことの繰り返しで、刺激がないそう定義しているのだ。
大間違いだ。
「生活」は快楽と刺激と発見に満ちていなくてはいけない。
そのような生活を支えるのが仕事だ。
そして、私の仕事は小説を書くことである。
私は「生活」以外のためには書かない。
日本は本当に貧しかったのだなとつくづく思う。
私達の世代だけが新しい仕事をするだろう。
↑こちらも村上龍さんだけど、作家ってやっぱり、マジでかっこいい。
「生活」は快楽と刺激と発見に満ちてなくてはいけない
これをパンチラインと言わずして何を言う。
