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三上雅博

本日は親父の過去の投稿より、2024年12月の投稿をリトークさせて頂きました。 次から次とさらなる問題が巻き起こる。僕に平穏は訪れない。心は無残に砕かれる。 それでもやる。泣きながら、やるしかない。 往く道は精進にして 忍びて終わり悔いなし。         ーーー酒井雄哉大阿闍梨

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三上雅博のトーク
トーク情報
  • 三上雅博
    三上雅博

    本日は親父の過去の投稿より、2024年1月と12月の投稿をリトークさせて頂きました。

    親父の言葉を胸に、今日も今日とて狂うのみ。
         
    「どうせ一夜の夢ならば実をも散らして狂うのみ」
               ーーー見城徹

  • 三上雅博
    見城徹見城徹

    自分は相手に真心を尽くしいるつもりなのに、
    「えっ、こんな対応?」と落胆することがある。そう思うこと自体が傲慢だということは解っているつもりだ。しかし、昨日は挫けた。ずっと待ち続けたが限界だった。自分の誠意が足りなかったと思うしかない。

    往く道は精進にして 忍びて終わり悔いなし
                ーー酒井 雄哉大阿闍梨

  • 三上雅博
    見城徹見城徹

    「人に怒るのは己の未熟。人を恨むのも己の未熟。
    全ては天が見ている」
    そう言い聞かせても気持ちの中で吹きこぼれるものがある。まだまだ未熟なのだ。はっきりしていることがある。僕の中で一つの人間関係が終わった。僕は小さいことにいつもクヨクヨして生きている。それを[未熟]というならそれでいい。

  • 三上雅博
    三上雅博

    本日は親父の過去の投稿より、2025年1月の投稿をリトークさせて頂きます。

     真心を込めても、誠意を尽くしても、想いは相手に届かない。すべてがこぼれ落ちていく。ままにならないのが人生だとわかっていても、僕はどうしても人に期待してしまう。だから苦しい。だから孤独なのだ。
    己の未熟を噛み締めて、一歩でも前に進むのだ。往く道は精進。

  • 三上雅博
    見城徹見城徹

    おはようございます。「理解と誤解の間には深くて暗い河がある」と僕はよく言っていますが、毎日のように[理解]と[誤解]の間で打ちのめされます。理解し、理解されるのは本当に難しい。それを踏まえた上で「誤解されて上等」と割り切れる心境には中々なれません。全ては己の未熟、身から出た錆なのですが、切なさが募ります。全ての原因は自己愛。例えば、映画の中の高倉健。自己愛を捨てたハードボイルドな生き方に憧れます。

  • 三上雅博
    見城徹見城徹

    最も理解されたい人に最も理解されないのが
    [人生]。だから、生まれ落ちた全ての人は切ない。それでも生きる。生きねばなりません。善良に生きます。

  • 三上雅博
    三上雅博

    本日は親父の過去の投稿より、2025年3月の投稿をリトークさせて頂きます。

    ハードボイルドに憧れても、僕は自己愛を捨てられずに、毎日をクヨクヨしながら生きている。この切なさも、この苦しみも、身に起こるすべては自分のせい。僕の修行が足りないだけだ。未熟な僕には精進するしか道はない。耐え忍べ。押忍。

  • 三上雅博
    見城徹見城徹

    静岡県立清水南高校は海のすぐ近くにあった。
    僕は海が良く見える窓側に席を取り、つまらない授業中はずっと海を眺めていた。海上を進む大型船や雲の流れを追っていると空想が膨らみ飽きることがなかった。放課後はほぼ毎日浜に出て、
    青春の感傷を海にぶつけていた。高校の3年間僕は海と共にあった。卒業式の日、1学年下の初恋の女生徒と校門で待ち合わせて、折戸の浜を富士山を仰ぎながら三保の松原に向かって歩いた。初めてのデートだった。潮風が憧れ続けた彼女の漆黒の髪をなぶり僕の頬に当たる。甘やかな香りがした。今思えば僕の人生で一番幸福な瞬間だった。ただただこの時間が永遠に続いて欲しいと祈るような気持ちだった。折戸の浜には僕の青春が埋まっている。折戸の海と空と風によって僕は作られた。今でも重大な決断をする前には折戸の海に行く。海を眺めながら覚悟を決めるのだ。74歳になってしまった。思いもよらない人生だった。遠くまで来てしまった。こうして海を見ているとあの日に戻りたいと強く思う。
    何にも無かったけれど、幸福だったあの日に。

  • 三上雅博
    三上雅博

    本日は親父の過去の投稿より、2025年3月の投稿をリトークさせて頂きます。

    僕も故郷を想うとオタモイ海岸の海の音が聴こえてきます。
    長屋の団地を飛び出して、山をひとつ越えるとキラキラ輝く海がある。急な坂道を自転車に乗って、立ち漕ぎで力尽きるまで、必死に駆け上がった子供時代。まだ純粋だったあの頃。
    故郷の小樽に帰ると僕はいつも必ず、断崖絶壁の自殺の名所、オタモイ海岸に立ち寄ります。