
さくら
トーク情報- さくら
さくら 報知映画賞
栄光のバックホーム・松谷鷹也さん、新人賞おめでとうございます。
記事を読んで泣きました。
見城徹総指揮、秋山純監督への感謝を伝えたそうで、受賞スピーチを聞きたかったです。
ああ、また涙が。。。
31歳のオールドルーキー・松谷鷹也、『報知映画賞』で新人賞 壇上で号泣 秋山純監督は“元アシスタント”を労い「今日でクビです」(オリコン) - Yahoo!ニュース https://share.google/UNpMVTTjHTaIQEIhX - さくら
さくら 12月は普段以上に見城さんにお会いしたくなります。誕生日が12月だからかなと思いつつ、今までお会い出来たのが12月が多いからなのだと自己完結。
見城さんのあたたかさや真心、吉田さんのご配慮もとても大きいです。
思い返せば755を始めて見城さんが755にいらっしゃるのを知った時はずっと会いたい会いたい言ってた勘違いヤローでした。
あれからもうすぐ10年になります。時間が経つのはあっという間。
少しは成長出来たかな。
少しは他者への想像力ついたかな。
まだまだだし逝くまで日々学び日々悶絶する。その先にしか微笑みながら逝ける日は来ない。見城さんのおかげで色々なことを知れています。
切ない今日もそんなことを考えながら生きます。 さくら 見城徹見城徹 後1週間経てば75才になる。角川書店(現・KADOKAWA)に入社して5年間ぐらいはどの作家のところへ行っても「担当編集者で君が一番若い」とよく言われたものだ。所属したのは総合文芸誌[野性時代]。編集長を含めて8人。今や僕以外は全員鬼籍に入った。当時、毎夜のように酒を飲んだ中上健次、立松和平、つかこうへい、高橋三千綱、坂本龍一らも既に亡い。編集者になって50年以上が経過した。僕はまだ編集者だ。
まさか出版社を自分で作ることになるとは想像もしなかった。高校時代から憧れだった五木寛之
さんと仕事をしたかった夢も僕の25通の一方的な手紙で現実となり、海外取材も4度同行させて貰った。幻冬舎を創立して3年目に書いていただいた[大河の一滴]はロングセラーとなり、累計部数は330万部に達している。初めてお会いした時、五木寛之さん44歳、僕は25歳。膨大な時間が流れたのだが、五木寛之さんと初めてお会いしたホテルのティーラウンジでの会話がまるで昨日のようにも思える。[大河の一滴]から30年。
来年の1月か2月には[大河の一滴 最終章]が
幻冬舎から刊行される。映画[栄光のバックホーム]、舞台[つか版 忠臣蔵]、書籍[大河の一滴
最終章]。僕はジーンズとブルゾンで走り回る
まだまだ現役の編集者だ。編集者になって良かった。- さくら
さくら 編集者としても人としても、たくさんの方々との出会いがあり別れがあったと思います。それも膨大な。
どれほどの汗をかいたか、
どれほどの涙を流したか、
喜びもあれば裏切りもあったでしょう。
そうしたことを想像しても、きっとそれはひと握り。私なんかの想像の何倍も何百倍もの苦楽があったはずです。
笑い飛ばす夜よりも、グッと唇を噛み締め堪える夜のほうが。
笑みがこぼれる朝よりも涙が出そうなほど切ない朝のほうが。
そうした憂鬱な日々の先に、圧倒的努力の先に、今の見城さんがいると思うと涙が出るし頑張れる。
見城さんの生き様を見知り勇気が貰える。見城さんと出会えた私は贅沢者だと思える。
人生上手くいかないが、私の人生、見城さんと出会えたことだけは誇れます。
厳しくも優しい、真心ある、
編集者・見城徹!という漢に出会えて本当に良かったと改めて思いました。
呼び捨て失礼致します。
編集者・見城徹さん!
ではない方が良いと思い、失礼ながら「さん」を取らせていただきました。
