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マスカット王国

心配です。私も自殺を考える事は偶に有りますが、周りの人の事を考えると、とても実行には移せません。それに加えて、私には、そんな度胸は、持ち合わせていません。見城様も、どうか思い止まって下さい。とてつもない人が悲しみますよ。生意気な事を言って申し訳ございません。

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主に見城徹様の名言集
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    見城徹見城徹
    秋元康
    僕も人脈を作ろうとする人が苦手です。無理に紹介してもらって、名刺を交換して、人脈ができたと勘違いする人と友達にはなれません。やじコメをくださった方が勘違いなさっているのは、僕は“意図しない出会い”から付き合いが始まるということを表現する時に、「ドミノ倒し」を使ったのだと思います。“意図しない出会い”の連鎖を、人は客観的に人脈と言うのでしょう。

    「意図しない出会いの連鎖」が僕も強いて言えば「人脈」です。自分がこの世間で影響力のある結果を出してさえいれば、ドミノ倒しのように出会いは連鎖して行きますよね。正に実感です。こちらから求めて作る「人脈」など豚に喰われろ、と思います。パーティで名刺を配り、もらいまくる姿は見ていて吐き気がします。表面的な会話など何も生み出しません。だから、「人脈交流会」などは愚の骨頂ですね。自分のキラーカードと相手のキラーカードが交錯し合うそこにこそ「出会い」はあります。意図しないところでそれは成立します。嫌な言い方ですが、一流同士とはそういうものです。秋元に引き合う一流であるために、僕は実力を溜め込みます。

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    見城徹見城徹
    椎名知久
    見城さんのリトークでまた気付かせていただきました ありがとうございます 普通に成りがちな結果を鮮やかに染めていける人だけが極端を作り出しているのですね また一つ勉強に成りました ありがとうございます

    「極端」は作り出すものではありません。作り出すのは「結果」です。「極端」は方法論、つまり、仕事へのアプローチの姿勢です。「極端」を選んで、圧倒的努力を続ければ「結果」をより鮮やかに染め上げることが出来るかも知れません。

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    見城徹見城徹

    後1週間経てば75才になる。角川書店(現・KADOKAWA)に入社して5年間ぐらいはどの作家のところへ行っても「担当編集者で君が一番若い」とよく言われたものだ。所属したのは総合文芸誌[野性時代]。編集長を含めて8人。今や僕以外は全員鬼籍に入った。当時、毎夜のように酒を飲んだ中上健次、立松和平、つかこうへい、高橋三千綱、坂本龍一らも既に亡い。編集者になって50年以上が経過した。僕はまだ編集者だ。
    まさか出版社を自分で作ることになるとは想像もしなかった。高校時代から憧れだった五木寛之
    さんと仕事をしたかった夢も僕の25通の一方的な手紙で現実となり、海外取材も4度同行させて貰った。幻冬舎を創立して3年目に書いていただいた[大河の一滴]はロングセラーとなり、累計部数は330万部に達している。初めてお会いした時、五木寛之さん44歳、僕は25歳。膨大な時間が流れたのだが、五木寛之さんと初めてお会いしたホテルのティーラウンジでの会話がまるで昨日のようにも思える。[大河の一滴]から30年。
    来年の1月か2月には[大河の一滴 最終章]が
    幻冬舎から刊行される。映画[栄光のバックホーム]、舞台[つか版 忠臣蔵]、書籍[大河の一滴
    最終章]。僕はジーンズとブルゾンで走り回る
    まだまだ現役の編集者だ。編集者になって良かった。

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    見城徹見城徹

    ↑ 飛行機の中で秋山純の755を読みながらポロポロと涙が落ちている。秋山純と出会い、信頼を育み、遂には一緒に映画を作った。秋山がテレビ朝日時代から知ってはいた。しかし、755で再会してから濃い付き合いになり、今では運命共同体になった。秋山と一緒に戦い、一緒に生きているのが凄く嬉しい。秋山純が辿って来た遥かなる道のりを想う。人にはそれぞれが背負わなければならなかったどうしようもない事情がある。声高には語ったことがないが僕にもやるせない事情があった。恥ずかしさに耐え、圧倒的努力で突破して来たつもりだ。秋山純は今、何故この文章を書いたのか?僕には解る気がする。秋山純の人生の「栄光のバックホーム」。きっと彼にその瞬間が訪れたのだ。胸一杯に溜めて来た切なさを引き受け続けて最後に微笑むことが出来た奇跡のような一瞬。
    [勝者には何もやるな]
    アーネスト・ヘミングウェイの小説のタイトルが甦る。秋山純には何もやるな。栄光のバックホーム。アンパイアの「OUT!」をコールする姿が僕の脳裏に鮮やかに刻印されて、涙が止めどもなく流れ落ちる。755よ、有難う!

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    12月は嫌いな月。という話。

    僕は12月が嫌いだ。1年の最後の年。
    後悔ばかりが押し寄せる中で先ずお歳暮が届き始める。こちらは出さないから申し訳ない気持ちが込み上げる。戴いた品は粗末に出来ない。どうするか結構、悩む。大量なので運搬も大変である。
    毎日、それに追われていると20日ぐらいから街中がクリスマス一色になる。交通渋滞にクリスマス・プレゼント。「メリークリスマス」の挨拶の連呼。僕はキリスト教徒ではないのでクリスマスなんてどうでもいい。だから、僕は挨拶されても無言で通す。何がめでたいと言うのだろう?
    レストランもクリスマスメニューに変わる。
    これも迷惑だ。普通に食べたいのに。ようやくクリスマスが終わると僕の誕生日がやって来る。
    12月初旬から会食すると最後に誕生日ケーキが毎回、登場する。気持ちは有難いので一口食べる。かくして体重が増加する。中旬辺りから誕生日プレゼントを戴くことになる。お気遣いに恐縮し、感謝するが、「さて、どう使おう?」と悩んだりもする。誕生日当日の12月29日。打ち合わせやトレーニングで3つのホテルを回った。それぞれのホテルで10人ぐらいの従業員の方々から
    「誕生日、おめでとうございます」と声を掛けられる。知らない人からそう言われると何と答えていいか解らなくなる。困る。好意だろうから会釈して足早に通り過ぎる。下旬は年末の挨拶と誕生日祝いがいっぺんに来て、会社にいても大変だ。
    贅沢な悩みと人は思うかも知れないが、僕は相当に辛い。今年も700以上のメール、LINE、Viberを戴いた。その全部に返信する。いつまで経っても終わらない。12月は嫌いだ。特に12月29日は嫌いだ。

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    見城徹見城徹

    ↑ 涙。残酷に時は流れる。「靖国神社で会おう」
    そう約束して空に海に陸に散った若者たち。
    誰が何と言おうと靖国神社は日本の精神の背骨だ。

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    ↑ 秋山純監督が「Number」のこの記事を今、送ってくれました。横田選手では使われることのなかった登場曲で岩崎投手がリーグ優勝を決める試合にクローザーとして登場する。観客の大合唱。
    背番号24。横田慎太郎も甲子園に居たはずです。
    胴上げでは岩崎投手と共に背番号24が宙に舞いました。余計なことですが、岩崎投手は僕と同じ清水出身です。

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    三島由紀夫は生きているのも死ぬのも同じだと言う境地に達していた。それは三島由紀夫最後の作品[豊饒の海]を読めば解る。生きていることも死んでいることも、その永遠の繰り返しこそが「豊饒の海」なのだ。ならば、この場の生を閉じてどう死ぬか?死ぬための芝居がかった大義名分が必要だった。幾とせ耐えて今日の初霜。三島由紀夫は「日本国憲法に象徴される戦後民主主義の虚妄」に体をぶつけて果てたのだ。散るこそ花。輪廻転生。豊饒の海は今、そこに在る。

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    見城徹見城徹

    今日にかけてかねて誓ひし我が胸の思ひを知るは野分のみかは
             ↑
    三島由紀夫に続いて自決した森田必勝の辞世。享年25歳。

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    見城徹見城徹

    淋しいし、苦しいけど人生を全うする。
    豊饒の海に身を委ねる。

    生まれ生まれ生まれ生まれて生の始めに暗く、死に死に死に死んで死の終わりに冥し              
                     空海

    風立ちぬ、いざ生きめやも。
                    堀辰雄