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うみたんのこのメッセージがうれしすぎて、何回も眺めてはむふふとなっている。 修論頑張る💪

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愛のトーク
トーク情報
  • 撃沈した事例検討会の影響か、自分の学業への取り組みに対して自信をなくしてしまっています。

    私は体調を崩さないように、目標を低く低く設定して、取り組んできました。
    いや生来の大雑把さも手伝っていると思います。

    今日すごく頑張っている後輩の修論相談を聞いていて、私これでいいのかなって思いました。

    何を大事にするかだとは思うのです。


    そんなことを考えながら、大学近くでひとり飲んでいます。

  • いずれにせよ、私が決めればいいことだし、一旦決めたなら、付随する評価や結果について文句を言ってはいけません。

  • 「体は全部知っている」※とよく思う。

    例えば昨日よく眠れなかったことも、今日あまりやる気がないことも、全部体がコーディネートしたことではないかと思う。

    その方が私にとってトータルとして良いから、そう布置されているのだ。

    そう思うと、人生に無駄なことはない。
    例えそれがどんなに苦しい経験だったとしても。

    だから体に従えばいい。
    やる気がないなら、やる気がないなりに過ごせばいい。
    少しやる気が出て来たなら、少しだけ動けばいい。

    自分を信頼する、自分を愛するって、そういうことな気がする。


    ※吉本ばななさんの同名の著書からヒントを得ています。

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  • あともうひとつ書きたかったこと。
    自己愛について。

    先日外部実習のカンファレンス記録を読んでいて、「自己愛を諦める」という記述があり、それがずっと気になっていた。

    チャッピーに聞いたら、それは「特別であろうとする自分を手放して、そのままの自分でいることを引き受けること」だと教えてくれた。

    まさに私がずっとしようとしていることだと思った。

    そうか、自己愛って、(人によってはだけれど)「諦める」べきものだったんだ。
    目から鱗だった。

    思えば私にとって私は、そもそも特別なものである。
    誰かの特別になんかならなくていい。


    そう改めて思いましたとさ。
    ちゃんちゃん。(古い。)

  • 進藤開進藤開

    有給休暇の午後、ボブ・マーリーを聴きながら掃除機がけをしております(笑)。

  • キター!!!笑笑

    よし、洗濯干しもそれでいかせていただきます!

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  • 今、うつ体験の持つ意味、という題で修士論文を書いています。
    うつ体験には目的があるのではないか、個性化を促すものなのではないか、という内容です。

    うつ体験は死ぬほど苦しいです。
    でもそれが実は自己理解と変容を促すものであったなら。
    うつは無意識からのメッセージかもしれない。
    そういう論文です。

    うつ体験を美化するつもりはありません。
    ただ、うつには意味があると思うのです。
    それがうつ体験を耐える力にならないだろうか、そう思って、願って、書いています。