MiRAIMiRAI2025年12月27日 23:57 この絵をみて石原慎太郎さんは何を思われていたのか。そのことに想いを馳せながら、見城さんとの会話を想像しながら、絶品に舌鼓をうつ身の程知らずな私をお許し下さい。 この絵と、石原慎太郎さんが「風についての記憶(幻冬舎文庫)」で書かれていた女性を重ねてしまう。海上のことなど私には想像にも及ばないし、ハイデカーやシュペルヴィエルの言葉を心に呼び戻そうにも、さほど私の知識の引き出しには入っていない。 しかしその一部でも想い想像し、食事や会話の喜びと密かに溶かす。そんな独りよがりな錯覚も、どうかお許し下さい。ありがとうございました。1
MiRAIMiRAI1日前 誤解を恐れずに言うならば、見城さんに対しても石原慎太郎さんに対しても、この想いの強さは実は恋愛に近いものがあるのではと思ってしまう。四六時中ずっと心に在るこの感覚と恋愛との違い。それは中心に「思想性」があるかないかの違いだ。このウニのジュレもしかり。1117
MiRAIMiRAI1日前 身体に動脈と静脈があるように、「生きる」ということと同じ熱量で「死」の思想が体内を駆け巡る。だからこそ熱狂するし、涙もでる。カツズで時を過ごす時の意味。極に向かって。ただひとり舵を切るしかなくなる。141
MiRAIMiRAI1日前 ある話を、シェフから聞いてテーブルに戻ったら涙が溢れでそうになって困った。美味しい料理は容赦なくこの気持ちと混ざり合うからたまらない。 時の時。「限りあるが故に永遠たり得るはずなのだ。」石原慎太郎さんが語る「存在の逆説」を僕も信じる。151