見城徹のトーク
トーク情報見城徹 中川 剛中川 剛 ↑[才能]について思う事があった時、今でもGOETHE2015年12月号の村上龍・連載コラム「努力という才能」を思い出します。
途轍もなく畏れ多い事を書く様なのですが、多彩な[才能]をお持ちの見城さんから特に際立って鮮烈に感じるのは、人を感動させる[才能]です。
2017年以来、何十回とお会いさせて頂く幸運に恵まれてきましたが、一切の誇張なく言える事は、お会いさせて頂いた時間には必ず生半可ではない[感動]があったということです。書いても伝わらないかも知れないのですが、完全に神業だと思います。たった一本のお電話に[感動]で泣いた事も何度もありました。そして、何より、見城さんのお言葉、ご著書、755、世に送り出された数多の作品から鮮やかな[感動]をいただき続けております。
私が見城さんから人を感動させる[才能]を感じる所以です。
大変烏滸がましい事を書かせていただきました。見城徹 見城徹見城徹 1974年10月30日、ザイール共和国(現在のコンゴ民主共和国)の首都キンシャサで元WBA・WBC世界ヘビー級統一王者モハメド・アリと対戦。この一戦はアフロ・アメリカンのボクサー同士がルーツであるアフリカ大陸で行う初のヘビー級タイトルマッチで「ランブル・イン・ザ・ジャングル」(ジャングルの決闘)という謳い文句が付けられた。当時25歳で、40戦無敗(内37勝がKO勝ち)で「象をも倒す」と言われたハードパンチャーのフォアマンに対して、アリは当時32歳で復帰以降フットワークに衰えが見られ、この試合で引退に追い込まれるのではないかと囁かれた。アメリカの専門家筋の予想は4対1、ロンドンのブックメーカーの掛け率は11対5でフォアマン勝利を支持した。
フォアマン対アリ戦(1974年)
試合は、フォアマンが序盤から圧倒的に攻め続けながら、ロープ際でロープに体を預けて防御するアリの戦法(ロープ・ア・ドープ)にはまり体力を消耗(フォアマンはアリ陣営によってロープが緩められていたと主張している)。8Rに逆転KOされ王座から陥落し、41戦目でのキャリア初黒星となった。見城徹 見城徹見城徹 アリに敗北を喫してから1年以上休養した1976年1月24日、ロン・ライルとNABFヘビー級王座決定戦を行い、ダウンの応酬の末5回2分28秒KO勝ちを収め王座獲得に成功した。その後、ジョー・フレージャーとの再戦(5回2分26秒TKO勝ち)を含めて4連勝する。1977年3月17日、勝てばアリへの再挑戦権を得る試合にこぎつける。場所はプエルトリコのサンファン、相手は格下のジミー・ヤングだった。一方的にヤングを攻めたが、試合中盤に失速し、最終回にダウンを喫して12回0-3の判定負け。
ヤング戦の試合後、疲労と熱中症に苦しみロッカールームで昏倒し、イエス・キリストの存在を感じる神秘的な臨死体験をしたことを契機に、キリスト教に目覚める。28歳でボクサーを引退し、キリスト教の牧師に転身する。