
見城徹のトーク
トーク情報見城徹 斉藤徹斉藤徹 本日発表させていただきました内容ですが、約1年前から見城さんにご相談させていただいておりました。
途中、何度も自分の力不足を感じる場面がありましたが、こうして一つの形にすることができました。
ここまで来られたのは、見城さんの言葉と叱咤があったからです。
あらためて感謝申し上げます。
このたび、複数の金融機関様にご参画いただき、
総額25億円のシンジケート方式によるコミットメントライン契約(当座貸越枠)を締結いたしました。
これは単なる資金調達ではなく、これまで積み上げてきた事業、数字、ガバナンスを含めた、会社としての信用に対する評価だと受け止めています。
今後も、中長期の成長に向けた投資と、
事業基盤のさらなる強化を着実に進めてまいります。
引き続き、足元を固めながら、
支えてくださる皆さまの信用に、
結果でお応えしていきます。
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000005.000113163.html見城徹 見城徹見城徹 静岡新聞の今日の夕刊。僕のコラム「窓辺」の4回目です。
『川奈ホテル』(2019.1.28掲載)
伊豆半島の川奈ホテル。26歳の時、原稿執筆のために石原慎太郎さんを缶詰にしたのが僕の最初の滞在だった。
石原さんは昼はホテル付帯のゴルフ場でゴルフをし、夜は執筆に集中した。その時から僕はすっかり川奈ホテルの虜になった。風景、建物の佇まい、レストラン、全てが今まで僕の知っているホテルとは違っていて、新鮮だった。
その直後に、芥川賞を受賞した村上龍と親しくなった僕は、連載小説を執筆をしてもらうという口実をつけて、年に3回ほど、川奈ホテルに滞在した。実は、村上龍は自宅で原稿は書き終えていたので2人でテニスに熱中した。
当時は幻冬舎を42歳で創業し、ゴルフを始めるなどとは夢にも思っていなかったのでゴルフには目もくれず、1週間の滞在を毎日ぶっ倒れそうになるまでテニスのシングルマッチに明け暮れた。腕前は村上龍のほうが相当に上で、僕はワンセット2ゲームを取るのがやっとだった。夜はフレンチ、天ぷら、ステーキでワインと美食に酔いしれた。そんなことを約2年間続けたと思う。経費は全部会社持ち。行き帰りは村上龍の運転する愛車の白いVOLVOだった。
何もかもを忘れて、ただ身体だけを動かし、酒に酔い、心地よい疲れと共に眠る。
そんな贅沢な体験は後年、村上龍の名作『テニスボーイの憂鬱』として結実する。一つのことに熱狂したことで無駄になることなど何一つない。『テニスボーイの憂鬱』を読み返しながらあの川奈の日々を思い出す。



