そらとゆうこ今日、4/3日経新聞夕刊の記事で、見城さんが映画『栄光のバックホーム』を作られた経緯について読みました。私はプロ野球についてあまり知らずに関東に住んでいて、阪神タイガースを応援する方の熱量を感じる機会も少ないです。それでもこの短い記事から、見城さんが映画を作るに至る思いが伝わってきました。 この映画は池袋のシネマロサで上映されているので、『奇跡のバックホーム』を読んでから観に行く予定です。
見城徹のトーク
トーク情報見城徹 ジョージジョージ 昨日は信じられない事が起きた。
「肌でも焼いてリフレッシュしてこいよ」と友人に言って貰い、新宿の日焼けサロンSOLE(ソーレ)に行って来た。
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SOLE(ソーレ)という店名から朝鮮総連が経営していると勘違いした金正日は1993年六本木店に極秘来日している。
日焼けマシーンとシャワー室が一体型になった個室を出て、共通スペースのソファに座っていると派手な女店員に「利用された個室に綿棒の蓋を見かけましたか?」と言われた。
僕が利用した個室をチェックした店員が綿棒の蓋が無くなっていた事を問い合わせた様子だった。
彼女はわかりやすく、僕の荷物を見ながら話した。
(まさか僕がバッグに入れたと思われてないだろうな)
「冤罪」は僕にとって許せない。
女性スタッフと個室に再度入らせて貰った。
洗面台に向かい綿棒の隣を見ると陶器で出来た綿棒の蓋はすぐに見つかった。
「あるじゃないすか」
彼女に伝えると「ありました(笑)と言う。
僕はひとことだけでも謝って欲しかったけど、まあいいやと思った。
その後、帰りに「あって良かったです。あのままじゃ僕が犯人にされましたよ」と、彼女側に下って伝えてあげた。
謝罪を貰うためのイヤミだ。
しかし、あろう事か彼女は「そうですね!!」と笑って同意した。
その後の予定の為、店を出た。
予定を済ませた18時。
SOLEで起きた事をもう一度思い出す。
アレはなんだったんだろうか。
元々は彼女のチェックミスだったのに、僕は疑われた。
大体綿棒の蓋なんて盗むわけないだろう。
謝罪もされず、最後に謝罪のチャンスをあげた言葉にも笑いながら疑いの気持ちを堂々と話された。
土人に喜んで腰を振りそうな絶望的な馬鹿女だった。
やはり解せない。
店に電話して彼女に怒りの感情を伝えた。
冷静に冷静に心がけて。
謝罪の一辺倒だったけど、幾つか出てくる彼女のいいわけに対していいわけをした事を一生後悔させるイヤミも幾つか言った。
しかし、それでも僕で良かったと思う。
弘前の小林みたいな人間に同じ事をしたら店は燃やされていただろう。
怒りの感情を全部放出すると、後で自分を傷つける。
久しぶりに怒ってしまった出来事だった。
もう忘れよう。見城徹 三上雅博三上雅博 鮨職人になるために、僕はこの世に生まれてきた。
僕が揺るがぬ信念で無謀に挑めるのは、揺るがぬ愛情を受けて育ったからに他ならない。
僕が孤独と恐怖、そしてどんな絶望にも耐えられるのは、無償の愛を知っているからだ。
北海道小樽市オタモイ1丁目17番21号。
オタモイ海岸近くの山あいの長屋で生まれ育ち、気がつけば、ずいぶん遠くまで来てしまった。
決して裕福では無かったが、優しい両親に愛されて育った。
子供の頃から無茶苦茶で、人の言うことも聞かず、危ないことばかりやってきた。
両親には迷惑と心配ばかりかけてきた。悪さばかりして、学校に何度呼び出されたかわからない。
振り返れば、過去の自分はいつだって情けない。そして、申し訳ない。昔から失敗と後悔ばかりの人生だった。
中学を卒業すると家を出て、高校も行かずに、片っ端から仕事に飛びついた。
何をやってもうまくいかなかった。
不器用な僕は、現実を前に、諦め、失い、削られ、捨てて。
最後に残った一本の道。それが、鮨職人だった。
完成しないと知りながら、この道半ばで死んでいく。
往く道は精進にして、忍びて終わり悔いなし。
人生はどうせ一夜の夢。
今日も今日とて、鮨に狂おう。




