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見城徹

[月刊カドカワ]1990年7月号。 編集長だった僕は社内の大反対の合唱を押し切って[尾崎豊 沈黙の行方]という尾崎の表紙写真からの総力特集を組んだ。 大反対も無理はなかった。1987年12月、覚醒剤取締法違反で逮捕されて以降、殆ど活動していなかった尾崎豊の70頁の大特集だったからだ。自分でも無茶だと思っていた。しかし、総力特集をやりたいという欲望は止めようがなかった。覚悟は決めていた。尾崎豊の復活はこの総力特集にかかっている。尾崎豊と心中する。編集長の首を賭けた。結果は刷った9万部が一日で売り切れた。僕が2代目の編集長を引き受けた時の印刷部数は6000部。尾崎豊の総力特集を経て、[月刊カドカワ]の部数は30倍の18万部に到達した。 あの時の無茶が頭を過る。僕の無茶の原点と言ってもいい。圧倒的努力で細やかに無茶をやり切った時、鮮やかな結果は付いて来る。僕の仕事の歴史は無茶の歴史だった。たった一人の熱狂で無茶を捩じ伏せて来た歴史だ。無数の無茶をやり切って、 幻冬舎は今、ここに在り、僕は今、ここに居る。

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