見城徹のトーク
トーク情報見城徹 又江原 力又江原 力 〈見城さんトーク 2019年10月14日〉
石原慎太郎のエッセイ[男の世界]に収録された
<男の言い訳>の文章です。
イギリスの不世出の名ラガーといわれたある選手が、ある大試合でタイムアップぎりぎりに逆転のトライを挙げた。大観衆は総立ちとなって歓声を上げたが、レフリイの無情のホイッスルが鳴り、寸前に反則がありトライは認められず、そのままノーサイドとなって試合は彼のチームの負けとなった。
しかし試合後も、あの時のレフリイの判定が正しかったかどうか、しきりに議論の的になったが、当の選手は、
「ラグビーの試合ではレフリイは神に等しい」と一言いっただけで、彼は一切ものをいわなかった。時のこととてビデオテープもなく、判定が正しかったかどうかは遂に判定されずに終ったが、人々はその惜敗に奮起して次のシーズンの彼の活躍を期待したが、第一次大戦が始まり、世の中はもはやラグビーどころではなくなった。
その戦争の最中、ある激戦地の野戦病院で、ある軍医が重症を負った一人の兵士を看護した。兵士の認識票を見て、医者は驚いた。ラグビー気狂いだった医師にとっては忘れ難い名前、かつてのあの大試合のヒーローが、この重症の兵士だった。
それを知って医師は看護に専心したが、傷は重く、遂にその兵士は死んだ。
彼の臨終の際、すでにファンと選手として相識る中になった医師が、かっての名選手に、何かいい残すことはないか、と尋ねた時、死に際の懺悔の聴聞を終った後、件の選手はかすかに唇を動かし、聞きとり難いほどの低い声でいった。
「あの試合のあのトライは間違いがなかった。レフリイが間違っていたのだ」と。
一生をかけた遺言としての、この言い訳を信じぬものがどこにいるだろうか。見城徹 K0183K0183 見城さん
2月1日という日が、見城さんにとって「最も決定的な日」になったという言葉の重さに、胸が詰まります。ご投稿を拝読し、静かな、しかし抗いようのない喪失感に胸が締め付けられました 。感想を添えさせてください。
いま、職場の机の本棚に『男の粋な生き方』があります。 私が「見城さん」という存在を知ったのは、2011年の震災の後でした。コンビニでたまたま目に留まった「GOETHE」の6月号。ちょうど『男の粋な生き方』の新連載が始まった号でもあり、「酒について」書かれていました。そのカッコよさに魂を射抜かれました。石原慎太郎さんがいなければ、私は見城さんに出会うことはなかったと思います。
『男の粋な生き方』は私のバイブルの一つとして、何回も読み返しました。一人でバーに行くときは、カウンターでよく読んでいました。石原慎太郎さんの言葉に憧れ、ドライマティーニを嗜み、粋な男を目指してきた歳月が、もう15年経つのだと時間の速さに驚いています。
先日ランボーについて書かれている章を読みたくて、たまたま職場に持ち込んでいました。命日だと知ったいま、机の上のその一冊が、静かな灯みたいに見えます。
「2人とももう居ない」という厳粛な事実。 失われたものの不在が、どれほど重く、どれほど痛いか。 その言葉から、見城さんの深い喪失感と孤独を感じます。今日もたった独りで熱狂のど真ん中に立ち続ける見城さんを、心から敬愛しております 。
本日もよろしくお願い申し上げます。




