百田尚樹［夏の騎士］は43歳の中年男が小学校6年生の時の出来事を回想した物語だ。誰もが経験するだろう少年時代の正義感、劣等感、友情、異性への憧れ、教師や家族への想い、クラスメイトとの諍い、隠れ家、冒険心などが一つの謎めいたストーリーの中にたっぷりと描かれ、読む者の記憶を蘇らせる。つまり、この作品の世界が普遍性を持って読者の前に立ち現れるのだ。誰もが自分のことのように感じてしまう説得力に満ちている。だから面白くて、身につまされて、ちょっとひねくれながらも一途だった少年少女時代を思い起こして胸を揺さぶられる。少年と少女が成長して行く姿がミステリ仕立てで進行して行く。人生は努力し、戦い、自分で勝ち取って行くしかない。通奏低音のようにそのことが貫かれている。細かく散りばめられた伏線はエピローグに至って縒り合わされ、涙なしには読めないどんでん返が用意され、爽快なラストを迎える。子供たちは様々な事件に遭遇しながら人生に踏み出し大人になる。それをここまで美しく、切なく、普遍的に書いた作品がかつてあっただろうか？ 「人生はどんなに辛くても生きるに値する」 作者からのその声が読み終わった後に倍音のように響く。