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見城徹

死が絶望ではなく永遠の安息だとしたら、生とはなんだろう?僕は今のこの一瞬にかりそめに生きている。悩み、苦しみ、もがきながら生きている。古代でもなく、戦国時代でもなく、明治時代でもない。昭和25年12月29日に静岡県清水市吉川450に生まれた。その前は僕は存在しなかった。僕が死んだ後も存在しない。しかし、世界は続く。何故、日本の静岡県清水市に生まれたのか?何故、イタリアのジェノバではなかったのか?何故、昭和の時代だったのか?死とは現実からの消失である。一夜の夢のように人の人生は消える。人生、夢幻の如し。それで良し。

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見城徹のトーク
トーク情報
  • 見城徹
    見城徹
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    最後はレモンのシャーベット。
    素敵な仲間と素敵な時間。昼も夜もフルコース。太るよね。さあ、運動、運動。

  • 見城徹

    森田療法という精神療法があります。

    症状の原因はとらわれ(症状に過度に捉われること)とはからい(症状を取り除こうとしすぎること)にあること、症状は生の欲動から生じているので、それを建設的な行動に変えていこうという考え方です。
    今まで詳しく知らなかったのですが、すごくいいなと思って今勉強しています。

    認知行動療法についてもそうだけれど、学ぶことは将来の臨床のためだけでなく自分の病理のためにもなっていて、心理学を学んで良かったなと感じる今日この頃です。

  • 見城徹
    吉田真悟吉田真悟

    昨日から劇場はコナンに占拠されてしまったが、あんたにぺったんこ(二次元そのもの)なアニメを劇場で観て何が楽しいのだろうか。テレビで十分だろう。俺には分からん。

    プペルの奔放な映像美、心に響く音響、泣けるストーリーが及ばないとは思えないんだがなぁ。

  • 見城徹
    見城徹

    2026年4月11日。
    大阪で[mikami limited 50]を営む鮨職人・三上雅博がリトークしてくれた2020年2月の僕のトークです。↓

  • 見城徹
    見城徹見城徹

    死が絶望ではなく永遠の安息だとしたら、生とはなんだろう?僕は今のこの一瞬にかりそめに生きている。悩み、苦しみ、もがきながら生きている。古代でもなく、戦国時代でもなく、明治時代でもない。昭和25年12月29日に静岡県清水市吉川450に生まれた。その前は僕は存在しなかった。僕が死んだ後も存在しない。しかし、世界は続く。何故、日本の静岡県清水市に生まれたのか?何故、イタリアのジェノバではなかったのか?何故、昭和の時代だったのか?死とは現実からの消失である。一夜の夢のように人の人生は消える。人生、夢幻の如し。それで良し。

  • 見城徹
    見城徹見城徹

    1万年前もあったのだから1万年後もあるだろう。1万年だってあっという間の時間だということだ。生命って何だろう?一瞬を生きて死ぬ。1万年後の人たちにとって令和2年の時代なんて有史以前の時代になっているはずだ。歴史に残っていない。だから、時間など存在しない。時間とは便宜上人間が決めたものだ。本当は時間は流れていない。ただののっぺらぼうだ。無だ。今を生きている僕たちだって実はは存在しないと同じだ。ただの泡なのだ。そう思えば気持ちが楽になる。千年前に死んでも今死んでも、同時に死んだようなものだ。それを認識した上で圧倒的努力をする。戦う。それしかない。

  • 見城徹
    三上雅博三上雅博

    本日は親父の過去の投稿より、2020年2月の投稿をリトークさせて頂きます。

    あっという間の人生だ。まるで一夜の夢のよう。今この瞬間に、命を燃やせ。今日という日に、己の全てを尽くすのだ。

    「どうせ一夜の夢ならば 実をも散らせて狂うのみ」

          ーーー見城徹

    本日も皆様、宜しくお願い致します。