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見城徹

2年ほど前だったろうか?755で僕のトークに擦り寄って来た女性がいた。面倒だなあと思ったが、ちゃんと対応した。暫くして、僕のファンクラブを立ち上げたいと言う。そんなことは迷惑だから断った。そうしたら豹変した。支離滅裂なdisりの数々。だからブロックした。ブロックから2ヶ月経った頃だろうか?突然、彼女から分厚い手紙が届いた。[自分の経営する会社が多額の借金をして経営が行き詰っている。ついてはM&Aで幻冬舎の子会社にしてくれないか]と言う内容だった。会社の体を成していない事業の説明も付いていた。勿論、返信する理由もないので無視をした。暫くしてまた手紙が届いた。面会させてくれと言う内容だった。それも無視した。 何となく2年前のことを思い出した。

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見城徹のトーク
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  • 見城徹
    見城徹
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    同じく今朝の朝日新聞の書評欄。何で書評委員のアート作品を書評欄に載せなければならないのか?鏡を使って読め?僕には意味不明。

  • 見城徹
    見城徹

    ↑ 新聞としての役割を朝日新聞は放棄しているとしか僕には思えない。書評をアート作品にして何の意味があるのだろう?読めない書評。鏡に写して苦労して読むのか?こんな疑問を呈する僕が時代遅れなのか?朝日新聞が進んでいるのか?どっちなんだろう?

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  • 見城徹
    見城徹

    ↑ 毎週土曜日、朝日新聞の書評を僕は楽しみに待っている。びっくりしたなあ、もう。びっくりさせることが狙いならその目的は達している。

  • 見城徹
    ikutamaikutama

    好奇心で鏡を使わず読みました。その後、しばらく普通の文章が普通に読めなくなり、後悔しました。面白いけれど、意図せずスピードが落ちる。これが頭が柔らかくなるということなんですね。

  • 見城徹
    見城徹

    僕は横尾忠則さんの自己満足に朝日新聞は利用されただけのように思えるのだが……。
    勿論、書評とは批評対象をダシにした個体の表現である。この書評が表現というアート作品だとしても、朝日新聞の書評欄でやる必要があったのだろうか?しかし、こんな風に僕に考えさせているだけでこの試みは成功しているのかも知れない。
    僕はこの試みを否定する。書評は読めなければ意味がない。書評はアートではない。