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見城徹のトーク
トーク情報
  • 見城徹
    三上雅博三上雅博

    映画「栄光のバックホーム」を観に行かせて頂きました。
    前回ご招待頂きました特別試写会につづき、この映画を観るのはニ度目です。

    熱い涙が迸る。何度観ても、総毛立つ。
    松谷鷹也が凄すぎる。鈴木京香が凄すぎる。
    上映中、涙が枯れることはない。

    これほどまでに感情を揺さぶられる映画を僕は知らない。
    まさに「この世あらざる映画」が、今この時代に、ここにある。

    沸騰するほどの感動を有難う御座います。
    親父を始め、この映画に関わる全ての人達に感謝致します。
    そして、755の奇跡に感謝致します。

    天まで届け。
    「栄光のバックホーム」。

  • 見城徹
    ゆあたんゆあたん
    投稿画像

    【幻冬舎フィルム第一回作品】

    「栄光のバックホーム」をやっと観る事が出来ました。  

    日比谷の東宝シネマの最終会にティッシュのBOX持って行って来ました。

    初っ端から涙😭
    高橋克典さんの表情にもかなりやられました。
    命あって夢に挑戦できることが、いかに恵まれていることかを胸に改めて刻まれます。
    横田さんと同学年のメンバーもいるので
    80名近い所属メンバー達にも是非観て貰いたいと思います。

    純粋な気持ちと勇気をいただきました。
    ありがとうございました。

  • 見城徹
    MiRAIMiRAI
    投稿画像

    溝口勇児さんのX
     『「栄光のバックホーム」を観た。正直そこまで期待してなかったのに、気づいたら何度も涙がこぼれていた。

     人はいつか死ぬ。でも「どう生きたか」は残る。
     横田慎太郎という一人の青年の生き方に触れて、「命って何だろう」「意志って何だろう」と真正面から考えさせられた。

     そして、自分は他人の評価じゃなく、自分の意志を貫いて生きたい、そんな当たり前のことを強烈に思い出させられた。それが、結局おれの人生の核心なんだと思う。

     こういう作品を世に送り出す見城さん、さすがだな。マジでお世辞とかじゃなく、今年観た作品の中で国宝に並んで一番心が揺れた。』

  • 見城徹
    吉田真悟吉田真悟

     ◇栄光のバックホーム 感動の製作秘話(6)

     脳腫瘍のため2023年7月に28歳で亡くなった元阪神タイガース横田慎太郎さんの生涯を描いた映画「栄光のバックホーム」。同名の原作本を出版した幻冬舎の見城徹社長が製作総指揮を務めた。この映画のために製作会社「幻冬舎フィルム」を設立し「1作目にこれだけいい映画を作ってしまったら、2作目以降が大変だよ」とうれしい悲鳴を上げている。

     だが撮影前は一つの不安があった。「第1回作品として大成功させたい、大きな映画にしたいという思いがあった。大きな映画というのは観客が入る映画。主演が無名の松谷鷹也では、マイナーな小さい映画になるだろうと思っていた」

     映画化のプロジェクトが始動した21年夏から、秋山監督が松谷の主演を強くプッシュしていたが、決断できずにいた。22年8月のある日、夜通し熟考して「やっと自分の中で決心がついた。“これで失敗してもいい”と腹が決まった」。午前6時、秋山監督の電話を鳴らした。

     「秋山、寝られなかったぞ。鷹也でいこう」

     そして、完成した映画は、一見しただけで撮影前に抱いていた不安を吹き飛ばすものだった。「本当に心から“鷹也でよかった”と思った。見事な演技だった。映画の全部にウソが一つもない。製作総指揮の僕が言うのは傲慢(ごうまん)かもしれないけれど、奇跡の映画だと思う。完璧な映画だよ」

     妥協なく本物にこだわった作品に、揺るぎない自信を持っている。

  • 見城徹
    K0183K0183

    朝から全力で仕事をしているのですが、まだ終わりそうにありません。ようやくゴールが見えてきたものの、頭はもうパンク寸前――いや、すでにパンクしているような状態です。今日はここで区切りをつけて、続きは明日に持ち越すことにしました。

    その合間に、わずかな時間だけ755をのぞくと、観客動員数がすごいことになっていて、思わずうれしくなりました。皆様の『栄光のバックホーム』への熱い想いに触れ、心が温かく、そして穏やかに安らいでいくのを感じていました。

    本当に鮮やかな結果が出ている。鮮やかに勝っている。
    圧倒的努力が貫いたのだ、自分はいま、すごいものを目撃しているのだなと思います。

    見城さんには、敬意しかありません。
    このうねりがさらに広がっていくことは、もはや「期待」というより「確信」です。