鈴江信彦鈴江信彦2日前内省が進むと、鏡が澄んでくる。それは、努力というよりは静かな沈降だ。心の底に溜まっていた砂が、時間とともに落ち着き、水面が透明さを取り戻すように——。僕たちは日々、外界のざわめきの中で自分を見失いがちだ。他者の声、世間の速度、未来への焦り。それらが鏡を曇らせ、本当の自分を映し出すことを邪魔してくる。だが、一日のどこかで立ち止まり、自分の感情の襞をそっと撫でるように見つめると、曇りは薄れはじめる。やがて映るのは、飾りのない自分の輪郭と、静謐な世界の姿だ。内省とは、鏡を磨く行為なのだろう。未来のためではなく、今という瞬間を澄み渡らせるために——。20
鈴江信彦鈴江信彦1日前夕方の散歩@中目黒3丁目言葉は、世界に触れるための道具だ。けれど、多すぎる言葉は、世界の輪郭をぼやけさせてしまう。沈黙は、空白ではない。それは、まだ形を持たない言葉のゆりかごであり、思考が深呼吸するための暗い森だ。沈黙の奥でこそ、言葉は初めて自らの重さを知る。だから僕は、ときどき言葉を手放す。手放してなお残る想いだけが、本当に語るに値するものだと知っているから。23
鈴江信彦鈴江信彦7時間前過去に届かなかったことが気合や根性というひとときの炎だけで叶うとは――僕には信じがたい。だからこそ、静かな計画と、続ける力が要る。その二つさえあれば、届かぬ場所は、もうない。28
鈴江信彦鈴江信彦1時間前言葉はどこからやって来るのだろう。僕が生むのか、それとも僕がただ、通り道になるだけなのか。世界は沈黙している。けれど、その沈黙の奥から無数の声がひとりの人間を選んで姿を得ようとする。僕は書く。いや――書かされているのかもしれない。14
鈴江信彦鈴江信彦1時間前街角で、理解不能な人に出会った。言葉は意味をなさず、視線は虚空を彷徨う。一瞬、世界の秩序が揺らいだように感じた。しかし、僕は動揺しない。胸の奥で、静かな観察が始まる。なぜ彼はこう振る舞うのか。どんな迷路を通り抜けて、この瞬間に立っているのか。答えはないかもしれない。けれど、問いを抱えたまま、僕は立ち去る。その不可解さは、僕の思索の材料になる。理解できないものを前に、怒りも苛立ちもない。ただ、静かに、世界の奥行きを感じる。そして、歩みを続ける。自分と世界の関係を確かめながら――5