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又江原 力

見城さん、皆さま フォローありがとうございます。まさか見城さんにフォローして頂くとは。見間違いではないか何度も確認しました。それでも本当に信じられず、フォローとフォロワーを間違えていないか、何度も確認しましあ。どうやら正夢でした。 755は見る専だったし、皆さまにフォローして頂けるとも想像もしていなかったので、フォロワーの皆さまを全く気にしていませんでした。フォローして頂いた皆さま、大変失礼しました。 思い返せば、幻冬舎の本には見城さんと出会う前から読んでいました。当時は読書に対する考えも浅く、出版社を意識して本を購入してませんでした。 まさか『半島を出よ〈上下〉村上龍』が幻冬舎出版と知った時は驚きました。「美しい時間は短い」や『共有感覚のエキス」は今でも頭の中にシーンが蘇ります。 年末には『白鳥とコウモリ〈上下〉東野圭吾』を読みました。「真実は残酷で切ないが、一筋の光はある」が率直な感想です。 ネタバレを含みますが、刑事から「白鳥とコウモリみたい」とタイトルが語られた時に「この登場人物がこのタイミングなのか」と違和感を感じました。 最後にそのタイミングで語られることによって、物語全体から[光と影、陰と陽は表裏一体]がメッセージの一つとして感じます。 幻冬舎の本を読み終えるといつも"熱"を感じます。本に内包されている"マグマ"が文脈から溢れている。 これからも幻冬舎の本を楽しみにしています。

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又江原 力のトーク
トーク情報
  • 又江原 力
    三上雅博三上雅博

    明けましておめでとうございます。
    本日は親父の過去の投稿より、2017年5月の投稿をリトークさせて頂きます。

    果てしなく続く旅路を進め。
    遠くまで行くんだ、僕たちは。

    本年も皆様、宜しくお願い致します。

  • 又江原 力
    又江原 力

    見城さん、私のコメントに拍手頂きありがとうございます。感謝よりも驚いてしまい、身体が動きませんでした。

    私が755を知ったのは2016年です。藤田さんに魅せられて見城さん、755と出会ったのは必然だと思っています。最初は見城さんの言葉が衝撃的すぎてに困惑したのを鮮明に覚えています。何より「自意識」という言葉すら知らずに溢れていた私に、何度も優しく「自意識の処理を忘れずに」と教えて頂いた事です。

    あれから10年が経ちました。「自己検証、自己嫌悪、自己否定」を繰り返し「正直、誠実、善良、真心で生きる」を目指していますが中々実践できていません。実践すればするほど現実に打ちのめされています。謙虚については[謙虚力 幻冬舎文庫]を何度も読み返しました。

    他者のために行動したり、戦っても理解してもらうつもりはないが、侘しさが残る。その時は教えて頂いた「ぼくは秩序の敵であるとおなじにきみたちの敵だ」と心で何度も繰り返しました。

    初めてお会いしたのは[郵便屋さんちょっと]の紀伊國屋でした。お声かけしたら「ちょっと待ってて」と慌ただしくされていました。ご多忙なのは分かりきっている。自己都合でお声かけした自分を責めました。すると見城さんから「ごめん、秘書が休んででね。そうなんだ。わざわざ熊本(当時)から来てくれたのか、ありがとう」とお声かけ頂きました。
    初対面の私にも丁寧に接して頂き感激でした。石原慎太郎さんが誰でも立場関係なくフェアに接されて、事故の時は警備員の代わりに誘導されたお話を今でも思い出します。

    栄光のバックホームでは[夢]や「圧倒的努力を"しました"」と語られましたのは衝撃でした。圧倒的努力を貫かれてこられ、トークには書けない事、ご自身で語られない事が殆どでした。普段されているのに語られない。しかも、映画公開前に"しました"と語られた言葉の重みがズッシリと胸に響きました。秋山監督とのやり取り、制作までの道のりや苦労、これが[圧倒的努力]であり、超一流のプロの仕事だと体感させて頂きました。

    755では三上さんの毎日のリトーク、他にも色々ありすぎて書ききれません。
    見城さん、755と出会ってからの10年間で少しは成長できただろうか。少しでも見城さんに近づけただろうか。自問する日々はこれからも続きます。

    改めまして、755の皆さま、明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願い申し上げます。

  • 又江原 力
    又江原 力

    見城さん
    拍手だけでも恐れ多いのに、リトークまでありがとうございます。

    一点訂正させて下さい。

    [謙虚力 幻冬舎文庫]→[謙虚力 幻冬舎]でした。失礼しました。

    トークにいらした皆さん、拍手を頂いた皆さんありがとうございます。

  • 又江原 力
    又江原 力

    見城さん、皆さま

    フォローありがとうございます。まさか見城さんにフォローして頂くとは。見間違いではないか何度も確認しました。それでも本当に信じられず、フォローとフォロワーを間違えていないか、何度も確認しましあ。どうやら正夢でした。

    755は見る専だったし、皆さまにフォローして頂けるとも想像もしていなかったので、フォロワーの皆さまを全く気にしていませんでした。フォローして頂いた皆さま、大変失礼しました。

    思い返せば、幻冬舎の本には見城さんと出会う前から読んでいました。当時は読書に対する考えも浅く、出版社を意識して本を購入してませんでした。

    まさか『半島を出よ〈上下〉村上龍』が幻冬舎出版と知った時は驚きました。「美しい時間は短い」や『共有感覚のエキス」は今でも頭の中にシーンが蘇ります。

    年末には『白鳥とコウモリ〈上下〉東野圭吾』を読みました。「真実は残酷で切ないが、一筋の光はある」が率直な感想です。
    ネタバレを含みますが、刑事から「白鳥とコウモリみたい」とタイトルが語られた時に「この登場人物がこのタイミングなのか」と違和感を感じました。
    最後にそのタイミングで語られることによって、物語全体から[光と影、陰と陽は表裏一体]がメッセージの一つとして感じます。

    幻冬舎の本を読み終えるといつも"熱"を感じます。本に内包されている"マグマ"が文脈から溢れている。
    これからも幻冬舎の本を楽しみにしています。

  • 又江原 力
    K0183K0183

    年をとったな、と今年はとくに実感する。

    仕事は相変わらず三つも四つも同時進行で回している。鍛錬を積み重ねてきた現場では、複数の案件を並行して進めることに支障はない。むしろ、それが日常だ。

    けれど――近ごろ、焦ることが増えた。
    焦る必要はないと分かっているのに、心だけが先に走る。焦っている自分に気づいて、心がまたざわつく。妙な悪循環だ。若い頃にはなかった心の揺れが、今はある。

    日常でも変化が見えてきた。
    家事を二つ以上同時にこなそうとすると、ミスが出る。料理をしながら洗濯物を畳む――以前は何の問題もなかったことが、今はどちらかが疎かになる。

    先日は、酔いすぎたとはいえ、行きつけの居酒屋にコートと傘を忘れた。翌日取りに行くと、大将が笑いながら「どうせそのうち取りに来ると思って、とっといたよ」。私の性格を知っているからこその言葉に、救われた。

    そして今日。
    東京駅でバタバタしていて、小銭入れを落とした。すぐに気づいて戻れたからよかったものの、あの一瞬の恐怖は今も残っている。なぜあんなに慌てていたのか。余裕がなかったのだ。

    ちょっとしたイレギュラーで、心が崩れる。思いどおりにいかないことに、以前より敏感になっている。

    年だな、と思う。気をつけないといけないことが、確実に増えた。

    仕事の現場では、あまり人に負けない自信がある。積み重ねてきた経験と鍛錬が、そこにある。複雑な判断を瞬時に下し、最善の手を打ち続ける――それは今も変わらない。

    だが、日常の些細なところで、ほころびが見え始めている。小銭入れを落とす。傘を忘れる。二つのことを同時にできなくなる。

    若い頃は、こんなことはなかった。いや、あったのかもしれないが、気にならなかったし、気づきもしなかった。今は、その一つひとつが妙に気になる。

    歳を重ねるということは、できることが減るということではない。むしろ、できることは増えている。経験も、知識も、洞察力も。

    でも同時に、自分の限界が見え始めるということなのかもしれない。

    以前は「できる」と思い込んでいたことが、実は無理をしていただけだったと気づく。以前は気づかなかった小さなミスに、今は敏感になる。それは成熟なのか、衰えなのか。

    多分、その両方なのだろう。
    そう考えていたとき、ふと見城さんの姿が浮かぶ。

    見城さんが「75歳を目前にしても、ジーンズとブルゾンで走り回る現役の編集者」として、全力で駆け抜けておられる姿を思う。年齢など関係ない――そう思わせてくれる、圧倒的な生き様。

    私も、年齢を理由に手を緩めたくはない。小銭入れを落とすことが増えたとしても、仕事の現場では一切の妥協をしない。むしろ、日常の小さなミスを自覚するからこそ、仕事ではより慎重に、より丁寧に向き合おうと思う。

    「正直・誠実・善良・真心」
    歳を重ねることも、正直に受け入れる。変化していく自分を誠実に見つめる。他者に対して善良であり続ける努力を怠らない。真心を込めて、今日という日を丁寧に生きる。

    小銭入れを落とした帰り道。冬の空を見上げながら、そう思った。

    歳を重ねることは、終わりへ向かうことではない。今をより深く生きるための、新しい始まりなのかもしれない。

    気をつけることが増えた分、一つひとつを大切にできる。焦ることが増えた分、落ち着くことの価値に気づける。できないことが見えてきた分、できることに感謝できる。

    歳を重ねるというのは、そういうことなのだろう。

    今を生きる一人の横田慎太郎として。
    正面突破で、圧倒的努力で。
    歳を重ねながら、それでも前へ。

    さあ、これから鮨を食べに行く。飲みすぎても忘れ物はしない――そう心に誓う。

  • 又江原 力
    K0183K0183

    見城さん

    いつもあたたかいお心遣いをいただき、感謝申し上げております。
    三上雅博さんがリトークされた2017年1月のご投稿を拝読し、僭越ながら感想を添えさせていただきました。

    シュヴァル・ブラン 1950。 長い時を経てもなお若々しい。

    偉大なワインは、時を重ねることで複雑さを増していきます。
    樽の中で、瓶の中で、静かに、しかし確実に変化を続ける。
    単純だった味わいは層を重ね、深みを増し、それでいて生命力を失わない。
    むしろ、熟成の果てに、より鮮やかな輝きを放つ。

    1950年から現在まで。その間、世界は何度も変わりました。
    多くのものが生まれ、多くのものが消えていった。
    でも、このワインは静かに時を刻み続け、今もなお、若々しく輝いている。

    「僕も負けてられない」
    この一言が、深く胸に響きました。

    見城さんもまた、75年という時を重ねられても、その生命力は、まったく衰えることを知らない。

    時を重ねることは、衰えることではない。
    複雑さを増し、深みを増し、それでいて若々しく在り続けること。

    本当に偉大なものは、時間を味方につける――そう思いました。
    見城さんのお姿が、それを証明しています。

    私も、負けていられません。
    時間を言い訳にせず、今日も全力で。
    見城さんとシュヴァル・ブラン 1950のように、時間を味方につけて、なお鮮やかに、若々しく。

    圧倒的努力で、正面突破で。
    今を生きる一人の横田慎太郎として。

    本日もよろしくお願い申し上げます。

  • 又江原 力
    又江原 力

    K0183さん

    フォロー、拍手ありがとうございます。いつもトークを拝見しております。特に12/28.29の"時を重ねること"のトークが指針になりました。

    「歳を取るのでなく重ねる、日々を積み重ねる」と漠然と考えていました。そこからの深さはありませんでした。そのような浅い感覚を言語して頂きました。

    流れに身を任せて、委ねながらも抗う。そしてそれを受け入れる。最期に微笑むために。

    時間や様々な事を言い訳にしてきました。言い訳を捨て切れるのか。未だ自信はありません。