ikutamaのトーク
トーク情報ikutama 久々原仁介久々原仁介 ![投稿画像]()
小説を書くということについて。
小説を書くという行為は、誰かに評価されるためだけのものではないと思っている。むしろ、自分でも持て余してしまう感情や、うまく言葉にできなかった記憶や後悔を、どうにかしてこの世界に残そうとする行為に近い。しかしその表現方法もよく考えると、正しいものではないような気がする。僕にとって執筆は世間に対して顔向けしづらい、なんだか後ろめたさを煮詰めた爆弾のようなものに近い。
楽しいから書く、という瞬間ももちろんある。けれど実際には、それだけでは続かない。書かずにはいられない何かがあるから、時間を削ってでも向き合ってしまう。時間とは、人生そのものだ。この時間があれば、両親にもっと親孝行できるのかもしれない。仕事に打ち込めて出世できるかもしれない。大切な人たちと向き合えるかもしれない。
そんな大切な時間になり得たかもしれない。
けれど書いている間だけは、自分の弱さや醜ささえも肯定できる気がする。
だから小説は、とても不器用な表現だと思う。遠回りで、時間もかかるし、読まれる保証もない。それでもなお、誰か一人に届くかもしれないと信じて書く。その“かもしれない”に、自分の時間や人生を賭けている。
もし読んでくれる人がいるのなら、その人の中にほんの少しでも何かが残ってくれたらいい。それが救いになるのか、傷になるのかはわからないけれど、それでも確かに触れた証として。
書くということは、世界とつながろうとする、ささやかな抵抗なのだと思う。- ikutama
ikutama 変化を期待する、いつもの週末。
朝食後、いつものようにジョギングをして、心身に付いた錆を洗い流しました。そして仕事の準備をし、心を鍛えました。
家事や用事を済ませ、今日は夕方から一人の時間があったので、映画[明日を綴る写真館]を観ました。
映画はあまり観ない私ですが、始まってすぐに秋山監督の世界に引き込まれました。そして、[栄光のバックホーム]に出演されていた方々が登場し、期待がふくらみました。人が人を想う美しさを映す場面の連続に、気がつけば何度も涙を流していました。
人と人が深く関わることで生まれる、優しく、温かく、まるで花火のように輝く瞬間。それに触れ、心が洗われる思いでした。
「感動」はすぐ近くにある。
気づくか、気づかないか。
そこに足を運び、手を伸ばし、耳を傾け、心を重ねるかどうかだ。 - ikutama
ikutama 五木寛之先生のご出演されたYouTubeの対談動画を見ました。
心に残ったのは、「心に暗愁を抱きしめて生きることで、世界の明るさを感じることができる」という話。明るさと暗さ、その両方を抱えてこそ見えてくる世界があるのだという感覚に、大きく揺さぶられました。清濁が合わさって大河となるような、人間の生の力強さを感じました。
また、「大河に抗う」という話にも強い印象を受けました。大きな流れに身を委ねるのではなく、子が親に逆らうように「おもしろく生きる」。その姿勢に、これからの時代を生きるうえでの確かな勇気をいただきました。
さらに、本の題名の変化から時代のあり方を捉える視点や、「世界の潮の満ち引きを身体で感じる」という言葉から、長年第一線で表現を続けてこられた方の感覚の鋭さに触れ、深い感動を覚えました。AIの存在を「新しい人類」と捉える視点には、時代の只中に立ち続けるという迫力を感じました。
同じ日に生まれた石原慎太郎さんとの不思議なご縁、そして「自力と他力」の話も印象的でした。自力は他力であり、他力は自力である。その言葉の奥行きに、深く考えさせられました。
[大河の一滴 最終章]が「明るい物語」であることを伝えるためにご出演された五木寛之先生。
「“最終章”と言っているうちは未練がある」というお言葉には、これからもなお書き続けていかれる力強さとその奥にある温かさを感じ、嬉しく思いました。
