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ikutama

王貞治を育てた荒川博は、「習い方がうまい人とは、習う素直さがある人だ」という言葉を残している。 「1人では行けない境地」へ、独り行く。苦しみだけが自分を変える。

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ikutamaのトーク
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  • ikutama
    ikutama

    『「負ける」と「負けている」は全く別物である。…“負け”を確定させてしまうのは、自らの心の弱さ』(藤田普)
    終わらせるのは自分の心。大事ならば、やるしかない。嫌いになるまでやるしかない。生きる限り、勝負は続く。どこまて行っても自分の本気を探す旅。

  • ikutama
    K0183K0183

    見城さん、755の皆さま、おはようございます。

    仕事始めの慌ただしさが本格化し、日常という名の「戦場」が、いよいよ輪郭を持って迫ってきました。昨夜、『栄光のバックホーム』の鑑賞を振り返っていました。

    回数を重ねるごとに、私の心に深く沈殿していくのは「覚悟の純度」です。
    横田慎太郎選手が、病という圧倒的な不条理を前にしてもなお、一歩も引かずに「野球を愛する自分」を貫き通した姿。
    そして、見城さんが74歳にして「ルーキー」として、この映画に魂を吹き込まれた圧倒的努力。

    それらに触れるたび、私は自らに課した「正しく在り続ける」という誓約の重さを、あらためて再確認します。

    私はこれまで、どれほど「自分」を差し出してこられたでしょうか。
    「それなりの努力」で「それなりの結果」に甘んじていた自分を、この映画は激しく揺さぶり続けています。

    自らに制約を課すことは、不自由になることではありません。
    迷いを断ち切り、本当の意味で自由に、鮮やかに生きるための「翼」を手に入れることなのだと、今朝の静かな空気の中で感じています。

    「制約こそが自由」

    私は、「正しく在り続ける」という誓約と制約を、重荷ではなく翼として生きたい。

    次にまた映画館へ行くとき、今の自分がどんな涙を流すのか。
    それを確かめることが、今の私の密かな、しかし確かな「熱狂」です。気づけば、この映画は私の自己修練の場になっていました。

    昨日、「一呼吸、ひとつ耐えられるようになった」と書きました。ほんの些細な、小さな変化です。

    反射的に反応しそうな時、
    言い訳を探しそうになる時、
    弱い自分が顔を出しそうな時――

    一呼吸。
    あの一球を投げる直前の静寂のように、私は一呼吸する。

    たったそれだけの時間ですが、その一瞬が、私を救ってくれます。

    でも横田選手の物語が教えてくれました。
    小さな一歩の積み重ねこそが、奇跡への道なのだと。

    その小さな積み重ねが、いつか自分の「栄光のバックホーム」になると信じて。

    今日も「正直、誠実、善良、真心」を胸に、正面突破で生き切ります。
    今を生きる一人の横田慎太郎として。

    本日もよろしくお願い申し上げます。

  • ikutama
    ikutama

    K0183さん、リトーク失礼します。いつもご心情を澱みなく丁寧に綴って頂きましてありがとうございます。今日のK0183さんの投稿を読み、自分の投稿が“その場凌ぎ”の連続になっていたことに気づきました。一つ一つの文章を丁寧に繋ぐ。それが時間の中で感情を繋ぎ、コントロールすることになる。

    私が755を初めてもうすぐ2年。「わかったつもりの傍観者」にならないために「755に毎日書く」と決め、1年半が過ぎました。真剣勝負は続いてますが、変わらない自分に歯痒さを感じています。私はその場の状況に反応しているだけで繋がっていない。K0183さんは一つの投稿の中で綺麗に時が流れていく。そして自分が書いたことを背負い、昨日の自分の続きを生きている。
    自分の気づきを綴るとともに、感謝の気持ちをお伝えさせて頂きました。これからもよろしくお願いします。

  • ikutama
    K0183K0183

    ikutamaさん、心のこもったリトークをいただき、本当にありがとうございます。

    ikutamaさんのお言葉に、私の方が深く学ばせていただきました。そして、ご自身の「気づき」を言葉にして届けてくださったその誠実さに、胸を打たれました。

    「その場凌ぎの連続」から「一つ一つの文章を丁寧に繋ぐこと」へ――この気づきこそが、まさに755での真摯な向き合いの証だと思います。人は、見えていない時は気づけないし、気づいたとしても認められない。けれどikutamaさんは、それを逃げずに見て、しかも書いてくださった。そこに真剣勝負の匂いがします。

    755を始めてもうすぐ2年、毎日書くと決めて1年半。その継続そのものが、既に圧倒的努力です。「わかったつもりの傍観者」にならないために自らに課した制約が、ikutamaさんを鍛え続けているのだと感じます。

    「変わらない自分」に歯痒さを感じるとのこと――でも、その歯痒さこそが、成長への渇望であり、より高みを目指す証ではないでしょうか。私もまた、毎日が自己検証であり、自己否定であり、自己嫌悪の連続です。朝は「尽くそう」と思って、昼に崩れて、夜に落胆する――そういう自分ごと抱きしめて今日を生き切る。完璧ではありません。すぐに弱い自分が顔を出します。

    それでも、「正直、誠実、善良、真心」という生き方を手放さず、制約を課し、一つひとつの投稿を丁寧に紡いでいく。その積み重ねが、見えない線で繋がり、やがて「昨日の自分の続き」として流れていく――ikutamaさんも既に、その道を歩まれているのだと思います。

    「状況に反応しているだけで繋がっていない」という言葉。これは責めではなく、むしろ「次の一歩の地図」だと思います。繋げようとして繋がらない時は、たいてい「大きく繋げよう」としすぎている。もしよければ、今日の投稿に、たった一行だけ「昨日の続きを差し込む」――昨日の自分が何を怖がっていたか、何を誤魔化したか、何を守ろうとしたか。それを一行だけ置く。たったそれだけでも、時間は流れ始めるし、感情は線になる気がします。「状況に反応しているだけで繋がっていない」と感じられるのは、むしろikutamaさんが「繋がり」の本質に気づき始めた証拠です。その一歩こそが、真剣勝負を続ける中での大きな前進だと思います。

    以前私も、ikutamaさんに「全く同感です、私も気をつけます。皆さん、とても言葉を大切にされています」と書きました。今回、改めてその言葉を自分に刺し直しています。言葉を大切にする、というのは"うまく書く"ことではなく、「自分が書いたことに戻ってくる」ことなのだと思いました。

    私は755を始めてまだ3ヶ月余りです。ikutamaさんの2年間の積み重ねの方が、はるかに深く重いものです。お互い、それぞれの時間を丁寧に重ね、言葉を紡ぎながら、「正面突破」で歩んでいきましょう。

    真剣勝負は、たぶん「変われた実感」が出る前に、何度も「変われない自分」に出会わされます。そこでやめない人だけが、いつか少しずつ繋がっていく。

    近いうちに、よろしければ、一緒に「ひとりしゃぶしゃぶ 厨 七代目松五郎」で飲みませんか?

    こちらこそ、素敵な気づきを分かち合ってくださり、心から感謝しています。
    これからも、どうぞよろしくお願いします。
    K0183

  • ikutama
    ikutama

    K0183様
    自分が書いたことに対して、これほど丁寧にお返事を頂いたことは生まれて初めてかもしれません。何度も読み返しました。そしてこれからも読みます。本当にありがとうございます。『正直、誠実、善良、真心』K0183さんのトークでこの言葉を見つける度に、身が引き締まります。
    『言葉を大切にする』とは『自分が書いたことに戻ってくること』これこそ、私に欠けていたことであり、前へ進むために必要なことだと感じました。
    「ひとりしゃぶしゃぶ厨七代目松五郎」への嬉しい誘い、ありがとうございます。私は東京から遠く(岡山市)に住んでおり、仕事や家族等の事情で出られないので、今はお気持ちだけ頂きます。そしてその夢が実現した時に「会ってよかった」と思って頂けるような漢であれるように、日々精進します。
    心から感謝しています。これからもどうぞよろしくお願いします。
    ikutama

  • ikutama
    見城徹見城徹

    僕は755しか発信していない。僕の唯一のSNSだ。だから755を大きくしたい。755を別格のSNSメディアにしたい。何度かトークを閉め、再開し、今日まで来た。755で嫌な思いをし、腹を立て、傷付いた。しかし、僕のトークで少しは変わった人もいる。少しは知ってもらえた世界もある。755で何かが繋がる。何かが動く。755に言葉を打ち込むのは面倒臭いと思う。しかし、人間の何かを信じて755を続けている。通りすがりの人々。昨日まで悲しかった、昨日まで嬉しかった人々。僕はあなたたちを感じることが出来るだろうか?僕を感じさせることが出来るだろうか?

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  • ikutama
    ikutama

    私は嫌な思いをしないように、腹を立てないように、傷つかないように生きてきた。そのために読書し、思考を巡らせてきた。しかし、年を重ねるにつれ、そこまでして自分が守りたかったものは何なのかと、自問自答するようになりました。
    見城さんは、嫌な思いをし、腹を立て、傷付きながら、755を続け、人と繋がり続けている。
    755で見城さんの言葉に触れ続け、私は少しだけ凝り固まった心が解れてきたように思います。傷付きながらも『人間の何かを信じて』心を閉ざさず踏み止まり、自らの心を繋ぎ止め、やがて人の心を救う。そういう場面を何度となくここで見させて頂きました。755という奇跡のSNS、苦しみながら続けられている見城さんと皆様に感謝します。

  • ikutama
    見城徹見城徹

    ↑ 2017年、僕は66歳。2026年の今日、僕は75歳。知らぬ間に9年が経ってしまった。次の9年もあっという間だろう。84歳になるのか。

    「生まれ生まれ生まれ生まれて生の始めに暗く、死に死に死に死んで死の終りに冥し」 

    空海の言葉だ。生まれ落ちたからには最初から暗い。死んでゆく最後も冥いに決まっている。
    生まれて死ぬ。終わりのないその繰り返し。その中に僕もいる。生まれ生まれ、死に死んでゆく。
    その前提で今を生きる。どうせ全ては闇なのだ。

  • ikutama
    ikutama

    空海の言葉、自分なりに調べました。
    暗い:光が無いから見えない。
    冥い:人知を超えた不可視の領域。
    三度重ねる生死
    「肉体の生死」、「心の生死」、「仏性の発露と煩悩の消滅」
    まだ見えぬ光を探して生まれて生きて、人知が及ばない冥さへ歩みを進めていく。

    今日、『人間の何かを信じる』という見城さんの言葉を反復していると、自分が人に囲まれて過ごしていることにふと感動し、涙が込み上げました。たくさん心を感じました。まだ途切れ途切れにしか集中力が続きませんが、755で皆様と心を交わしたことで、少し何かが変わっているのかもしれません。見城さん、皆様、本当にありがとうございます。