ikutamaのトーク
トーク情報- ikutama
ikutama 以前755の投稿を続ける自分に行き詰まり、思い切って〔K0183〕さん相談し、『言葉を大切にする、というのは"うまく書く"ことではなく、「自分が書いたことに戻ってくる」こと』とご助言頂きました。この言葉は、私の新たな一歩となりました。それから、勇気を振り絞って〔死ぬために生きる〕さんの投稿に感想を書き、丁寧なお返事を頂き、『負けを認める』ということの重み、そこから始まる新たな人生について深く考えるようになりました。〔又江原〕さんから「ジョギングのラストスパート」について感想を頂き、今日のジョギングのラストスパートは、新たな想いを乗せて頑張れました。
お忙しい中、時に優しく時に厳しく、道を誤らないように導いてくれる見城さん、本当にありがとうございます。
そして、私の拙い投稿を温かく見守ってくださる755の皆様。そのお心遣いを感じ、自分の至らなさに気づき、いつも新たな視点を探しています。奇跡のアプリ755に感謝します。 - ikutama
ikutama 実家に104歳のばぁちゃんがいる。私は“ばぁちゃん子”で、いつもばぁちゃんにくっついていた。ばぁちゃんが死ぬのが人生最大の恐怖で、生きていけないとさえ思った。大人になれば平気になると思ったが、いつまで経ってもダメだった。ばぁちゃんは畑仕事をしていて70歳を過ぎても私より元気だった。徐々に体力が落ち、90歳を超えて同じ話ばかりするようになった。数年前からほぼ寝たきりになり、決して弱音を吐かなかったばぁちゃんが辛そうに「苦しい」「痛い」「痒い」「申し訳ない…」と言うようになった。それでも私は生きていてほしかった。ばぁちゃんを撫でているだけで幸せだった。会う度に、少しずつこの世から遠のいていくのを感じた。私を驚かせないように、ゆっくり一歩ずつ遠ざかっていく。やがて、ほとんど話ができなくなる代わりに、苦痛も感情の起伏も穏やかになっていった。それでも目を開け、名前を呼んでくれた。去年から食べ物も一人で食べられず、母の介助ではトイレにも行けなくなった。今日は殆ど話ができなかった。私はばぁちゃんを撫でられるだけで満足だった。帰る時に手を握ると握り返してくれた。私はまだばぁちゃんが忘れられずにいる。介護をしてくれている母に湿布を貼って家を出た。善も悪もわからない。正直に真心を込めるしかない。でも神様はいるのかもしれない。この人生に感謝します。