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死ぬために生きる

昨日は海外でプレーする日本代表選手や、日本代表候補の選手達とサッカーをしてきた。 彼らにとってはオフシーズンに身体を慣らす場所。 僕にとっては復帰に向けて身体を作る場所だ。 身体もコンディションもトップフォームからは程遠い僕だが、恐らく側から見ているだけでは、彼らと比べてそこまで遜色がないプレーができていたと思う。 それくらいには、過去に努力の積み重ねをしてきた自負はある。 ではなぜ僕が彼らのようになれていないのか。 それは僕が自分の弱みから逃げ続けてきたからだ。 90分高いレベルでプレーをし続ける能力とメンタルが、トップのサッカー選手であるためには足りない。欠落している。 そこに関しての努力がただただ足りなかった。それのみだ。 僕は、旧国立で行われた高校サッカー準優勝というちっぽけなプライドを持って、高卒でイングランドに渡った。 Jリーグなどでプレーせずに、いきなりサッカーの母国で活躍してやろうと、甘い幻想のみを抱いていた。 現実はそんなに甘くはなかった。 昨日一緒にプレーした選手の中には、そんなイングランドでプレーしている選手もいた。 僕が憧れた熱狂に包まれるスタジアムで、彼がプレーしていると考えると、過去の自分が悔しくなり、情けなくもプレー中に涙が出た。 大した努力もしていないのに悔しがる自分が恥ずかしい。 引退までの2年間で圧倒的努力をし、絶望しきって引退する。 前向きに正々堂々と悔しさと向き合えると信じて。 引退するために圧倒的努力をする。 死ぬために生きる。

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絶望しきって死ぬために
トーク情報
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    死ぬために生きる

    見城さんが赤坂[88]にて昨夜飲まれたワイン

    クラウディ・ベイ 2024


    遅ればせながら、見城さんお誕生日おめでとうございます。
    僕は見城さんに命を救っていただきました。
    生きるとは、結果を出すとは、真っ当とは、日々教えていただいています。

    生涯、いえこの身が滅びようとも、永久に見城さんの後塵を拝します。
    これからも、見城さんの変わらぬご健康とご活躍をお祈り申し上げます。

    ワインの紹介にて見城さんへの想いをお伝えしてしまう、僕の自我をお許しください。

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    死ぬために生きる
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    年末は小学生年代のサッカー大会の運営と、ある高校のサッカー部のサポートに時間を費やした。

    小学生も高校生も、真っ直ぐな想いで真っ直ぐな目で、淡くて切ない青春を生きていた。

    僕もこの時間を生きていた。

    あの頃を思い出すと、最高に幸せな淡い時間が僕の中で輝き出す。
    しかしそんな輝きを消すように、後悔や憂鬱、恥ずかしさ、切なさが僕の心を覆う。

    あの頃に中途半端な努力しかしてこなかったから、僕は今中途半端なサッカー選手なのだ。
    家族はもちろん、関わってきてくれた全ての人に申し訳ない。

    僕はそんな人たちや、何より自分への義理を果たすためにサッカー選手として復帰した。

    もちろんそこまで長く生きられる保証もない。
    そして自分にはそんな勇気はないと知りつつも、長く生きようとは思っていない。
    もし幸運にも10年後、20年後、、、50年後に命があれば、その時々で幼少期を思い、淡く切ない感情になるだろう。

    きっと30歳の今のことを思い出しても、その時々で淡く切ない感情になる。

    あの頃の時間は戻ってこないし、今も戻ってこない。
    今が1番若く、今圧倒的努力しなかったことは将来圧倒的後悔となって僕を襲うだろう。
    そうなった僕は、命はありながら生きていない状態になっているはずだ。

    時間と死は平等だ。
    死ぬために生きろ。絶望しきって死ぬために、今を熱狂して生きろ。

    死が怖い自分だからこそ、熱狂しなければいけない。

    思いっきりの敗者の凱旋。

    本当に見城さんに命を救っていただいた。

    完全なる自己救済となるこの駄文。
    どれだけ綺麗なことを口にしようと、一日一日を生ききり、死にきるしかない。

    「日本代表になる」
    「プロになる」
    「全国選手権に出てみたい」
    僕に目標を伝えてくれた小学生と高校生の真っ直ぐな目は、僕の情けなさや後悔をどこまで見通していただろうか。

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    死ぬために生きる
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    3回目の映画[栄光のバックホーム]。
    今回は2回目となる母と、初めてとなる姉と共に。

    やはりこんなにも多くの人の心のど真ん中に突き刺さる映画は、今後現れないのではないだろうか。
    今回も会場中が泣いていた。

    御多分に洩れず、母も姉もこれでもかと言うほどに泣いていた。
    母にはもちろん、姉にも想いを伝えたかった。

    父がサッカーチームのフロントで働いていたため、僕は気付くとボールを蹴り始め、3歳でサッカーを始めた。

    お恥ずかしい話だが、父はそれ以降職を転々とし、時に問題も起こした。
    父は僕が幼い頃に、母に「中途半端」と言われていた。その記憶が強く残っている。

    その反面母は姉と僕を精神的にも経済的にもしっかりと支え、それぞれの道へと送り出してくれた。
    僕が母離れできていないのもあるが、幼い頃の両親に対しての記憶はこんな感じだ。

    4歳年上の姉も常に僕の応援をしてくれていたが、僕はそんな姉に、1度だけすごい剣幕で怒られたことがある。

    「お前のせいでお母が全く休めてない」
    姉は心の底から母を心配に思っていたのだろうが、そんな思いに加え、休日の全てを僕の試合や遠征に奪われ、自分が母と過ごせないのが寂しかったのだと思う。

    こんな思いをさせてしまっていたのに僕は中途半端な人生を生きてしまっていた。
    本当に情けない。

    映画[栄光のバックホーム]は、横田慎太郎さんの物語であり、圧倒的努力で奇跡と栄光を掴み取った物語であり、善良、正直、真心、誠実、感謝、謙虚の物語であり、友人や家族との絆の物語だと思っている。

    横田慎太郎さんと母・まなみさんのご関係はもちろん、父・真之さんや、姉・真子さんとのご関係も本当に素敵だ。
    ありったけの愛も、家族だからこその微妙な関係性も、映画[栄光のバックホーム]には家族の姿が全てある。

    良いことだけが、華々しいことだけが家族じゃない。
    そんな中、ずっと支えてくれている姉に本当に感謝したい。

    「観たら人生が変わります」
    〇号試写会に呼んでいただいた際に、見城さんにはこのようにお声がけいただきました。

    僕が自分自身の人生に責任を持ち、運命を受け入れてその上で一日一生で生ききるのはもちろんのこと、家族や友人、全ての人を大切にしなければと常に考えられるようになった。

    自分一人では決して生きてはいけない人生で、周りの人のことを想い、考える。
    大きな意味で、本当に人生を変えてもらった。
    もっともっと小さなことにもクヨクヨしよう。

    一日一日、一瞬一瞬を大切に生きよう。
    ありったけの愛で誰かを抱きしめよう。

    僕は本当に横田慎太郎として生きられているか?
    僕の人生の栄光のバックホームは投げられるのか?
    弱く情けない自分の心を、今日も映画[栄光のバックホーム]に救ってもらった。

    4回目、5回目もご一緒する人は決まっている。
    でも1人でも行きたい。

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    死ぬために生きる
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    この時期に故郷の田んぼ道を走っていると、決まって白鳥と遭遇する。
    遥か北、シベリアから4,000kmの距離を飛んでくる。
    幼少期から何度もその姿を目にしているが、そのたびに彼らの華麗な佇まいと羽ばたきの力強さに魅了され、感動している。

    そして頭の中にはチャイコフスキー[白鳥の湖・情景]が鳴り響く。
    [白鳥の湖・情景]といえば、先日の幻冬舎presnets[つか版・忠臣蔵 2025]開演時に僕に鳥肌を立たせ、僕を一気にその世界に引き摺り込んだ音楽だ。

    あの濃くて生々しくも、淡くて高貴ななんとも言えない世界、空間は僕を紛れもない中毒状態にした。
    あの時の涙、笑い、感動、興奮を僕は既に欲しくなっている。

    全員が一つとなり劇場を揺らす。その日限りの完全なる生物。生命体。
    早くまたその一部となりたい。