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見城徹のトーク
トーク情報
  • 見城徹
    K0183K0183

    ひふみさん、ありがとうございます。
    「自己救済こそ[表現]の初発」。
    見城さんの言葉に動かされた私が、辿り着いたのは五月一日の投稿です。
    本屋さんでも、Amazonでも、どちらも嬉しいです。

  • 見城徹
    ikutamaikutama
    投稿画像

    仕事が思うようにならず、ため息をつきながら帰りました。
    『憂鬱でなければ、仕事じゃない』
    今日、この言葉と改めて向き合いました。

    人が避ける苦しい場所にこそ、自分の仕事がある。苦難があるから情熱が湧く。
    「迷った時は、前へ出ろ」「憂鬱を、抱えて暗闇の中で力いっぱいジャンプする」
    一度読んで終わりじゃない。折に触れて何度も読み返す。これまでに出会った本が、新たな気づきを与えてくれる。
    書棚に並ぶ本は、私の御守りです。

  • 見城徹
    藤乃 ふじの藤乃 ふじの

    #栄光のバックホーム

    もう何回見ただろうか。

    この映画は、病と戦うという
    共感できる点もあってか、
    何度見ても涙が止まらない。


    まず最初に、

    この作品を世に送り出してくださり
    本当にありがとうございます。

    そして、この作品に
    出会えた私は幸運です。

    横田さんが届けてくれた生き様は
    「人は人生をどう生きるのか」を
    真正面から向き合わせてくれた時間でした。


    私は19歳の時に、
    がんとうつを経験しました。

    当時は、生きる意味も、
    未来への希望も見失っていました。

    そんな中で、
    ろう者の方々との
    出会いによって人生が変わり、

    今こうして20年以上、
    手話を広げる活動を続けています。

    だからこそ、この作品の中で
    描かれていた

    「限られた時間の中で何を残すのか」

    という問いが、
    他人事ではなく自分自身への
    問いとして胸に突き刺さり、
    何度も何度も涙しました。

    生きたくても生きられない人がいる。

    その現実を知る上で、
    今を生きている私たちが
    「まだやれる」「もっとやれる」と
    自分を奮い立たせずに何を言うのか。

    自分と戦う人が世の中には
    まだまだ沢山いて
    自分の小ささに反省しましたし、
    逆に勇気を頂きました。

    私は起業家として、

    ・やるからには結果を出す
    ・命ある限り挑戦し続ける

    を信条にしています。

    社員を抱えずひとり起業し、
    設立2年で億単位の利益を達成し、

    無力だった自分が叶えられなかった
    全国のろう学校への寄付や
    手話イベント運営など
    現在も常に挑戦し続けています。

    悔しいけれども、世の中、
    お金がなければ挑戦できない
    場面が必ず訪れることも理解しています。

    だからこそ私は

    「生きる希望を届ける作品や
    文化を世の中に残す」

    という使命を果たすために
    今もなお、死ぬ気で学び、
    泥臭く努力を続けることに
    夢中になれます。

    栄光のバックホームを観ながら、
    何度も自分の人生と重なり、
    涙が溢れました。

    ・生きるために考え抜き
    狭い世界の中で成長するために
    努力し続けた幼少期

    ・19歳で死と向き合い
    耳の聞こえない世界に救われ
    命の恩返しをすると決めた日

    その一つひとつが重なり、

    「生かされた命なのだから、
    もっとやれる。もっと挑戦できる。
    横田さんの分まで頑張らなくては」

    そんな想いが込み上げてきました。

    そして何より、

    「誰かの人生に何を残すのか」

    この強く深いメッセージを
    横田さんから届けて頂きました。

    私は、最後に人を動かすのは、
    覚悟や信念だと感じています。

    この映画の総指揮である見城社長をはじめ
    秋山監督、脚本家の中井さんという
    素晴らしいチームの皆様が築き上げてきた
    歴史や過去の経験のなかにも、

    きっと、そのメッセージが
    どこかに刻まれているだろうと感じます。

    この作品から受け取った火を、
    今後の私自身の人生と活動に
    繋げていきたい。

    素晴らしい作品を世に届けてくださり
    本当にありがとうございます。

    一日一生の気持ちで
    精進してまいります。

    藤乃 ふじの

  • 見城徹
    死ぬために生きる死ぬために生きる

    見城さんが[青山オルクドール]にて一昨夜飲まれたワイン

    左より

    シャトー・ボー・セジュール・ベコ 1988(マグナムボトル)

    ドン・ペリニヨン 2015(村上隆限定エディション)

    クラウディ・ベイ ソーヴィニヨン・ブラン 2025
    ×2

  • 見城徹
    死ぬために生きる死ぬために生きる

    見城さんが[青山オルクドール]にて一昨夜飲まれたワイン。
    ボルドーはサン・テミリオンの格付け第一級シャトー、シャトー・ボー・セジュール・ベコは、天才と称される醸造コンサルタントのミシェル・ロラン氏が監修しており、低収量の葡萄からこだわりの1本を造り上げるシャトー。
    そんなシャトー・ボー・セジュール・ベコの1988年且つ、マグナムボトル、大変希少な1本と推察いたします。
    そしてもはや贅言不要、シャンパーニュを代表するワイナリー、ドン・ペリニヨンの2015年(村上隆限定エディション)と、ニュージーランドのワインを世界へと知らしめた、ニュージーランドの名門ワイナリーでかりパイオニアであるクラウディ・ベイの代表格であるソーヴィニヨン・ブラン。

    見城さんが銀座[井雪]にて昨夜飲まれたお酒。
    1802年に福井県は永平寺町にて創業し、その伝統だけでなく吟醸酒の未来を切り拓き、今年の6月には日本酒や福井、北陸の魅力を余すことなく伝える施設[ESHIKOTO]を開業するなど、革新や不易流行を重んじる黒龍酒造の、名の通り透き通るように綺麗な味わいが特徴のしずく。
    ロワール地方プイィ・シュ・ロワールで1805年から続く名門ドゥ・ラドゥセットのフラッグシップであるバロン・ド・エル。
    最良の畑であるル・デゼールで栽培される樹齢40年以上の葡萄の出来が秀逸な年にのみ造られる、ロワールの最高傑作とも称される珠玉の1本。
    新潟県魚沼地方にて1717年に創業し、新潟の多くの日本酒に代表される淡麗辛口ではなく、酒米本来の旨みを残した淡麗旨口の日本酒で多くの方に愛される青木酒造の鶴齢。
    鶴齢という名は、[北越雪譜]などの執筆で知られる、江戸時代の新潟の随筆家、鈴木牧之が命名したと伝えられています。
    僕には何もかもが遠い、世界の珠玉のワイン。
    年に1回通う永平寺町の黒龍酒造と故郷・新潟の青木酒造も僕にとってはまだまだ遠い。
    見城さんのワインやお酒のご投稿からも、僕は大変な刺激と学びをいただいています。
    いつも有難うございます。
    スピードの無い投稿となり申し訳ございません。