ログイン
詳細
見城徹

最初は小さな努力の積み重ねです。小さな結果の連続です。続けることです。やれることをやったって結果は出ません。楽な努力だからです。小さな努力と楽な努力とは違います。少しでも難しい方に舵を切ることです。思い付きは避けましょう。

前へ次へ
見城徹のトーク
トーク情報
  • 見城徹
    見城徹

    2026年2月2日。
    大阪で[mikami limited 50]を営む鮨職人・三上雅博がリトークしてくれた2018年2月の僕のトークです。↓

  • 見城徹
    見城徹見城徹

    イギリスの不世出の名ラガーといわれたある選手が、ある大試合でタイムアップぎりぎりに逆転のトライを挙げた。大観衆は総立ちとなって歓声を上げたが、レフリイの無情のホイッスルが鳴り、寸前に反則がありトライは認められず、そのままノーサイドとなって試合は彼のチームの負けとなった。
    しかし試合後も、あの時のレフリイの判定が正しかったかどうか、しきりに議論の的になったが、当の選手は、
    「ラグビーの試合ではレフリイは神に等しい」
    と一言いっただけで、彼は一切ものをいわなかった。当時のこととてビデオテープもなく、判定が正しかったかどうかは遂に判定されずに終ったが、人々はその惜敗に奮起して次のシーズンの彼の活躍を期待したが、第一次大戦が始まり、世の中はもはやラグビーどころではなくなった。

    その戦争の最中、ある激戦地の野戦病院で、ある軍医が重症を負った一人の兵士を看護した。兵士の認識票を見て、医者は驚いた。ラグビー気狂いだった医師にとっては忘れ難い名前、かつてのあの大試合のヒーローが、この重症の兵士だった。
    それを知って医師は看護に専心したが、傷は重く、遂にその兵士は死んだ。
    彼の臨終の際、すでにファンと選手として相識る中になった医師が、かつての名選手に、何かいい残すことはないか、と尋ねた時、死に際の懺悔の聴聞を終った後、件の選手はかすかに唇を動かし、聞きとり難いほどの低い声でいった。
    「あの試合のあのトライは間違いがなかった。レフリイが間違っていたのだ」と。
    一生をかけた遺言としての、この言い訳を信じぬものがどこにいるだろうか。

    ⬆︎ これが石原慎太郎[男の世界]の中の《男の言い訳》の文章です。
    僕はこれを読んでラグビーを生涯やることを決めました。

    3
  • 見城徹
    見城徹見城徹

    [男の世界]はエッセイですが、[太陽の季節][処刑の部屋]を始めとする初期の短編群は今読んでも鳥肌が立ちます。

  • 見城徹
    三上雅博三上雅博

    おはようございます。
    本日は親父の過去の投稿より、2018年2月の投稿をリトークさせて頂きます。

    男の矜持。男の品格。
    泣けてくるほど男らしい。
    こんな「漢」に僕はなりたい。


    本日も皆様、宜しくお願い致します。

  • 見城徹
    見城徹

    ↑ 三上、有難う。石原慎太郎[男の世界]の「男の言い訳」の文章にモヤモヤ感が拭えませんでしたが、これでスッキリしました。