K0183のトーク
トーク情報- K0183
K0183 『栄光のバックホーム』公開まで、あと3日。
「教えていただいたこと」
以前から、書籍や755を通して見城さんの言葉に触れてきました。その一つひとつの言葉の重さ、生き方の真摯さに、私は憧れ、心を揺さぶられてきました。
74歳になられた今もなお、何一つぶらさずに貫き通している生き方に触れるたび、常人では窺い知ることのできない、尋常ではない覚悟を感じます。見城さんの言葉は、私の胸に深く刻まれました。
2ヶ月前の私は、暗闇の中にいました。行き詰まり、疲弊し、自分と向き合うことから逃げ続けていた。私は755で言葉を綴り始めました。惰性で流れていた日常から、少しでも抜け出したかった。少しでも見城さんの言葉から学び、自分の何かを変えたいと思ったからです。
まさか、こんな名前も名乗らない私に、見城さんが真正面から向き合ってくださるなんて、夢にも思っていませんでした。
まず教えていただいたのは、「正直、誠実、善良、真心を尽くして生きる」ということ。
心を打たれました。私の心は弱いから、毎日性根に刻み込まなければ、すぐに弱い自分が顔を出してしまう。それでも、日々の生活の中で「少しでもそうあろう」と思えるようになりました。
また、私の浅はかさ、言葉の軽さ、配慮のなさを、真正面から諭してくださいました。その厳しさの中にあった深い優しさに触れた時、私は初めて、自分の未熟さを骨の髄まで痛感しました。
他にも書ききれないほど多くのことを教えていただきました。その一つひとつが、暗闇の中で私を導いてくれる灯でした。
自分と向き合うことは今も怖いけれど、それでも毎日、向き合う時間を作れるようになった。
惰性で流れていく日常の中に、小さくても「覚悟」の時間が生まれるようになった。
そして、横田慎太郎選手の物語に出会い、映画『栄光のバックホーム』を通じて、私はこれまでの自分の人生を改めて見つめ直すことができました。
言葉の力、言葉を大切にすること。誠実、正直に向き合うことの大切さ。小さな一歩でも、毎日積み重ねることの意味。そして、暗闇の中でも光を信じて進むこと——
見城さん。
この2ヶ月間、私は755で本当に多くのことを学ばせていただいています。もちろん、まだまだ学ばなければならないこと、未熟な部分は山ほどあります。それでも、「確かに私の人生は変わった」と胸を張って言えます。
報われないように見える日々も、「それでいいんだよ」と、いつも肩を押してもらっている気がしています。
何者でもない私の言葉に耳を傾けてくださったこと、感謝しきれません。本当にありがとうございます。
また、ここで出会えた方々にも、どれだけ支えられたかわかりません。画面越しではあっても、人の真心の温かさを、何度も噛みしめました。
いよいよ公開まで、あと3日。
この映画を、一人でも多くの人に届けたい。横田選手の物語を、一人でも多くの人に知ってほしい。
『栄光のバックホーム』。
命を懸けて放たれた一球。
これは、横田選手が私たちに投げてくれたエールなのだと思います。
うまくいかない日も、報われない夜も、それでもバットを握り続ける人へ。
たった一回の自分の人生を、どこまで燃やし切れるのか——
「今を生きる全ての横田慎太郎」に、問いかけられている気がします。
多くの人の心に、この映画が届きますように。 - K0183
K0183 『栄光のバックホーム』公開まで、あと2日。
「未来へ」
横田慎太郎選手が放った「栄光のバックホーム」。それは、脳腫瘍と闘いながら、決して諦めることなく、家族や仲間の支えを受けて投げた命懸けの一球でした。
見城さんが製作総指揮を務められたこの映画によって、私の心は完全に灼き尽くされて、新たな再生を迎えました。
この映画と出会い、見城さんの生き様を以前より近くで感じて、私は改めて問い直されました。どう生きるべきかを。
そして今、横田選手はこの映画を通じて、自らの「栄光のバックホーム」を私たちに放っています。人生の困難に立ち向かう「全ての横田慎太郎」に「どう生きるべきか」を問いかけています。
病と闘う人。大切な人を支える家族。夢を諦めかけている人。人生に立ち止まっている人。私たちは皆、それぞれの人生で「一人の横田慎太郎」です。
そして、支えられて放った横田選手の「栄光のバックホーム」は、今度は「全ての横田慎太郎」を支えようとしている。
いつか、その想いを受け取り、支えられた者が「栄光のバックホーム」を放つ者になる。未来で与える側に回る。支える側に立っていく。
誠実に積み重ねた努力が、栄光として連鎖していく。
感動で灼き尽くされて再生した者だけが持つ、圧倒的な優しさと強さ。それは次の誰かを支え、その誰かがまた次の誰かを支えていく。
希望は受け継がれる。勇気は巡っていく。再生は未来を創る。
いよいよ公開まで、あと2日。
この映画を観ることは、ただ物語を知ることではありません。あなたもきっと栄光の連鎖を紡ぐ者になれます。
受け取って、いつか誰かに贈る。
それが、横田選手が私たちに託した「栄光のバックホーム」だと思います。
今を生きる全ての横田慎太郎に捧ぐーー
『栄光のバックホーム』がずっと未来へとつながりますように。 - K0183
K0183 『栄光のバックホーム』公開まで、あと1日。
明日、いよいよスクリーンで息をし始めます。
そして、この映画は、幻冬舎フィルムの第一作です。見城さんが、新しく「映画」という戦場に出ていくとき、最初の一本として選んだのが、この『栄光のバックホーム』です。これには大きな意味があると思います。
幻冬舎フィルムの第一作が『栄光のバックホーム』であることに、私は静かな必然を感じています。
この2週間、毎日、この映画のことを考え、言葉を紡いできました。
書き続けてきた理由は、「伝えたい」、そして「自分を見つめ直したい」という衝動でした。
私がこの映画から受け取ったものは、感動や希望という言葉では括れない何かでした。
横田慎太郎選手の物語は、諦めないことの美しさを描いている。けれどそれは、根性論でも精神論でもない。
人間が、どんな状況にあっても、自分であろうとすることの尊厳だと思います。
この2週間、自分の過去から現在までを振り返り、見つめ直しました。
私は自分がどれだけ多くのものを置き去りにしてきたかを知りました。
この映画は、そんな私に
「人生には、何度でもバックホームがあるのだ」と
静かに語りかけてくれている気がする。
たどり着くまで、歩き続けていいのだと。
本当の栄光は、「バックホーム」の一球に向かって積み重ねた日々と、
投げ終えたあとも続いていく時間の中にある──
この映画は、そう教えてくれます。
そして、『栄光のバックホーム』の2度目を観るときに、どう感じるのか、とても楽しみです。
今の自分が、何を受け取るのか。
見城さん、この映画に出会わせてくれてありがとうございました。
何度もボールをこぼしたり、暴投したりしながらも、
それでも諦めずにボールを投げ続けてこられたのは、見城さんのおかげです。
その全てを胸に、私は『栄光のバックホーム』を劇場で受け止めます。
そして、どうかこの映画が、今を生きる全ての横田慎太郎たちの心に、深く届きますように。
いよいよ明日、公開。 - K0183
K0183 755の皆さま、いつもありがとうございます。
ここ最近、連日で緊急の仕事が立て込んでいます。
昨日も、もともとの予定の仕事が2件あり、そこそこ忙しかったのですが、さらに緊急の対応が2件入ってしまい、帰宅できたのは午前3時ごろでした。
今日は少し落ち着いてはいたものの、昨日の後始末に追われていて、眠気で頭がなかなか回らないまま、先ほど帰宅したところです。
ようやく一息ついて、皆さまの投稿を拝読しています。
いつも本当に楽しみにしています。
疲れはありますが、皆さんの投稿を見ることが心の栄養になっています。
心にじんわりと沁みわたり、精神的な疲れなんてすぐに吹き飛んでしまいます。
そして、いつも私の投稿も読んでくださり、本当にありがとうございます。とても大きな心の支えになっています。
見城さんへの想い、『栄光のバックホーム』への想いが、日を追うごとに高まっているのを、肌でひしひしと感じています。
それぞれの立ち位置から、それぞれの想いで『栄光のバックホーム』を見つめていることが、皆さんの言葉から伝わってきます。
みんなの想いが重なり合って、すごく温かい。この温度感こそが755なのだと、人生で初めての感覚に、どのような言葉で表現してよいのか見つからないほどです。
この想いを、これからも大切に抱きしめていきたいと思っています。
明日金曜日の公開日は、少し大きな仕事が入っており、映画館に足を運ぶのは、レイトショーでも難しそうです。
残念ではありますが、土曜日に観に行く予定にしています。
明日の夜、『栄光のバックホーム』を観た皆さんが、どのような思いを投稿されるのか、今から本当に楽しみでなりません。
明日に備えて、今日は早めに休むつもりです。
夜中にまた緊急で呼ばれないといいのですが…。
いよいよ、明日公開。
ああ、本当に明日が待ち遠しい。サンタクロースを待つ子どものような心境です。
引き続き、どうぞよろしくお願いいたします。
寒さが厳しくなってきましたので、風邪などこじらせませんよう、どうかお身体を大切になさってください。 - K0183
K0183 見城さん、755の皆さま、おはようございます。
ついにこの日が来ました。みんなの想いが重なり、一つになる日です。
胸の鼓動が高鳴っています。
「神様は見ている」と、心の中で何度も繰り返しています。
見城さんはおっしゃいました。
「大丈夫、日本中に広がります。作品が素晴らしいからです」
「映画[栄光のバックホーム]。不安と恐怖を振り切るために、これ以上出来ないくらい圧倒的努力をしました。これからも、します。だから、勝ちます。圧倒的に勝ちます」
きっと、圧倒的に鮮やかな結果が出る。
きっと、圧倒的に鮮やかに勝つ。
「至誠天に通ず」――誠実な努力は、必ず天に届く。
「至誠、栄光に通ず」――誠実な努力は、必ず光をもたらす。
日本中が、感動で灼き尽くされる――その光景が、はっきりと目に浮かびます。
神様は、見ている。
本日もよろしくお願い申し上げます。 - K0183
K0183 見城さん、755の皆さま、いつもありがとうございます。夜分遅く失礼いたします。
今日は少し大変だった仕事が無事に終わり、そのあとスタッフみんなで六本木に焼肉を食べに行ってきました。いまは帰りのタクシーの中です。
週末で天気も良く、さらに給料日の後ということもあってか、街ゆく人もいつもより多く感じました。
今日は、『栄光のバックホーム』初日でした(日付は変わってしまいましたが…)。ようやくタクシーの中でパソコンを開きながら、皆さまの投稿を拝読しています。
一つひとつ読んでいると、少し高ぶっていた気持ちや、仕事モードの頭がだんだんほぐれていって、心が穏やかになっていくのを感じます。
ふと前のモニターに目をやると、見城さんがご出演されている、にしたんクリニックのCMが流れているではないですか。こんなところで見城さんにお会いできるとは思わず、めちゃくちゃうれしくなりました。「今日の仕事もきっとうまくいっているはずだ」と確信しました。
かなり酔っ払っておりますが、そのあたりはどうかご容赦ください。
明日は、私も『栄光のバックホーム』を観に行く予定です。
これからも、ここでの皆さまとの時間を大切にしながら、一日一日を積み重ねていきますので、今後ともあたたかく見守っていただけたらうれしいです。
引き続きよろしくお願い申し上げます。 - K0183
K0183 『栄光のバックホーム』の2回目を観てきました。
ネタバレしないように努力して書きます。多少ネタバレがあった場合は、申し訳ないですが私の実力不足ですので、ご容赦ください。
もともと映画館に足を運ぶことは多くなく、東京国際映画祭でこの作品と出会う以前に劇場で観たのは『20歳のソウル』が最後でした。そんな自分が、同じ作品を短い期間で2度も観に行く――それだけで、この映画が自分の中でいかに特別な位置を占めているかを物語っているように思います。
今日は少し早めに家を出て、まず書店で「GOETHE」を購入し、映画館に着くとすぐにパンフレットを買いました。劇場特有の少し張りつめた空気と、胸の奥からじわじわと湧き上がってくる緊張とワクワク。幼い頃から変わらず、暗くなる直前のあの瞬間に、今でも心が震えます。
開場と同時に客席へ。東京国際映画祭のワールド・プレミアでは、初めて見城さんに会えるという高揚感もあって、心ここにあらずの状態で飲み込まれていきましたが、今回は落ち着いて作品と向き合えそうだと感じていました。それでもやはりどこか緊張していて、少しずつ席が埋まっていく様子を眺めながら、静かに開幕を待ちました。
灯りが落ち、スクリーンいっぱいに甲子園球場でバットを振る横田慎太郎選手の後ろ姿が映し出された瞬間、やはりもうダメでした。オープニングだけで、涙があふれてくる。2回目だからこそ心の準備はできているはずなのに、それでも感情は先回りして波となって押し寄せてきます。
あらためて感じたのは、新人の松谷鷹也さんを大抜擢したことの大きさでした。ルーキーを演じるのは、やはりルーキーであることに意味がある。その不器用さや危うさ、まだ削りきれていない純度の高さが、スクリーンからまっすぐに飛び込んできます。本当に「ハマり役」という言葉では足りないほどでした。他のキャストの皆さんも含め、誰ひとりとして「代わり」が想像できない。この作品のために集まるべくして集まった人たちなのだと、2回目にしてより強く感じました。
1回目の鑑賞では、あまりの迫力と感情のうねりにただ圧倒され、「人生のすべてが詰まった、本当にすごい映画」としか言葉にできず、エンディングの後もその場に立ち尽くすしかありませんでした。重ねられる家族の愛、仲間たちとの絆、報われるかどうかも分からないまま誠実に少しずつ積み重ねてきた日々が、光に変わる瞬間――体がスクリーンに吸い込まれていくようなあの感覚は、今も鮮明に覚えています。
2回目の今日は、物語全体の流れを知っているからこそ、シーンごとの「間」や、何気ない仕草に込められた意味に目が向きました。ふとした沈黙に滲む不安と覚悟、家族の感情の揺らぎ、仲間たちの祈り。1回目にはただ「涙が止まらなかった」場面で、今回は「なぜ涙が出るのか」を少しだけ言葉にできるようになった気がします。それでもやはり、最後には言葉を超えて胸の奥を鷲掴みにされてしまう。
まず胸に突き刺さるのは、野球を愛し、人生のほとんどを野球に捧げてきた横田選手が、その野球に対して自分でも受け止めきれない本音をこぼしてしまう場面です。
かつて「自分の人生そのものだ」と言い切れたものを、もう同じ気持ちでは抱きしめていられないと認めるような瞬間。そして、そんな自分を否定したくなる叫び。その残酷さと、そこまで正直であろうとする誠実さ、美しさに、心が壊れ、胸が張り裂けそうになりました。
それでもその後に投げかけられるのは、そんな横田選手自身を優しく肯定してくれるような言葉です。結果や評価ではなく、「限界まで向き合ってきた自分」をちゃんと抱きしめてあげてほしい――そう肩に手を置かれたように感じました。
その温度は、横田選手だけでなく、多くの人の人生にも向けられているように思います。
まだまだ書きたいことがあるのですが、長くなってきました。また明日以降も、言葉を探しながら書き綴っていきたいと思います。
あ、あと前回見逃したエンディングロールでの special thanks の「755」、今回は絶対に見逃してなるものかと、目を凝らして確認しました。ちゃんと目に焼きつけることができて、ひとりで小さく感動していました。 - K0183
K0183 『栄光のバックホーム』の2回目を観て、心に深く刻み込まれたシーンの一つ。
ホスピスで、横田選手が北條さんに魂をぶつける、あの場面です。
ベッドからほとんど動けない横田選手が、ベッドの上から北條さんに語りかけます。
全然頑張っていない。
自分はもう動けない。だけど、やりたいことはまだたくさんある。
北條さんは、まだまだ戦える――。
まだ戦える人間の背中を、容赦なく、本気で押している。
このやり取りを見ていると、「病気の人が支えられる側で、健康な人が支える側」という分かりやすい構図が、一瞬でひっくり返されるように感じました。
誰よりも制限のある身体で、「まだ野球ができるあなたが、生き切ってくれ」と、心から願っている。
この想いの深さに、胸が締めつけられました。
なぜこんなにも心に迫ってくるのか――そう考えていたとき、ふと気づきました。
カメラが、ほんの少し揺れているのです。このシーンでは、カメラは固定されていないように見えます。わずかな揺れが、画面全体に伝わっています。
そのカメラの揺れが、横田選手の想いの激しさや、熱い鼓動を映し出しているように感じました。
動けない身体から絞り出される言葉の重み。
それを受け止める北條さんの、心の揺らぎや戸惑い。
固定された安定した映像ではなく、不安定な揺れだからこそ、その場の空気がよりリアルに伝わってくるのだと思います。臨場感や緊迫感、そして感情の微妙な揺れ――そのすべてが、カメラワークの中に込められているように感じました。
二人の間で、何かが大きく軋んでいるように見えました。
「ここで何かが決定的に変わる」――その予感を、映像がそのまま形にしているかのように思いました。
そして、その揺れはスクリーンを越えて、観ている私たちの胸までも揺さぶります。観客である私たちの心もまた、一緒に揺れているのだと感じました。
「お前はどうする?」
あのシーンそのものが、そう問いかけているように思えました。
映画は、台詞だけで語られているわけではありません。
映像の一つ一つに、深い意図が宿っているのだと思います。
秋山監督がこの表現を選び取ったことに、改めて深い敬意を覚えました。
(もし私の受け取り方が的外れであれば申し訳ありませんが、私はそのように感じました)
交わされる言葉、ぶつけられる魂、心の底からの願い。
動けない者が、動ける者を叱咤します。
死に向かいながらも「生きること」を諦めない者が、まだ戦える者に「もっと真剣に生きろ」と命じている。
あのシーンは、スクリーンの中だけで完結してはいないと感じました。
「まだ動けるなら、まだ戦える」
そう諭されているのは、北條さんだけではなく、今この映画を観ている自分自身なのだと、強く感じました。
私はまだ、自分の足で立つことができます。
まだ、戦場に向かうことができます。
まだ、暗闇の中でバットを振り続けることができます。
今日は、「昨日、死んでいった人たちがどうしても迎えたかった明日」です。
その明日に立っている自分が、ぬるま湯の中でうずくまっているわけにはいかない。
暗闇の中で、バットを振り続けます。
至誠、栄光に通ず。
あの揺れは、今日を生きる私の鼓動でもあるのだと思います。
今日も、正面突破で、生き切ります。