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K0183

見城さん、755の皆さま、こんにちは。 今日も仕事です。明日の夕方まで。 年が明けて、まだ4日目。 「正しく在り続ける」と決めた修行は、まだ始まったばかりです。 現場では、予想を超えること、思いもよらないことが起こります。 よくあることです。 だからこそ、想定外を想定する。 想定外が起きることを想定しておけば、少なくとも、心の準備だけはできます。 焦らなくていい時は、落ち着いて考える。 急いでいる時でも、いえ、焦っている時こそ、少し落ち着いて考える。 そして、言い訳を探さない。 言い訳を探し始めた瞬間、自分の核が崩れていくのを感じます。 予期せぬことが起きた時こそ、 「正直、誠実、善良、真心」が試されるのだと思います。 修行だと、改めて心に刻む。 一日一生。 この2日間も、全力で生き切ります。 今を生きる一人の横田慎太郎として。 本日もよろしくお願い申し上げます。

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K0183のトーク
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  • K0183
    K0183

    又江原 力さん

    K0183です。いつもありがとうございます。

    今回のご投稿ありがとうございます。心より感謝申し上げます。
    今年初めてのお年玉をもらった感じで、とても嬉しく思っています。

    『栄光のバックホーム』を観た後、自宅マンションで感想の投稿後、日々の日課をこなしながら、最後のエアロバイクを漕いでいました。

    電話が鳴りました。
    「本日予約入ってますが、何かございましたか?」

    そうです、行きつけのフレンチに予約を入れていたのを完全に忘れていました。
    すぐさまタクシーを呼びつつ、ドレスコードに引っかからない程度に身を整えて、店に向かいました。私の席以外は満席で、深く胸を撫で下ろしました。

    多分、50年以上生きていて、こんなに完全に予約を忘れているのは初めてです。
    「気をつけないといけないことが、確実に増えた」
    改めて実感しました。

    そもそも、職場かマンションかどっちかにしかいない生活なので、手帳も持ったことありません。イレギュラーな予定は必ず頭に入っているのですが、今回のようなことがあると、やはり年を取ったと自覚して、今後はちゃんと対策を考えないと、本当に取り返しのつかない迷惑を他人様に与えるかもしれません。

    又江原さんが仰っていた「時を重ねること」についての私の投稿――あれが又江原さんの指針になったと知り、正直驚いています。私自身も、見城さんの言葉から学び、日々自分と向き合いながら、ようやく少しずつ言葉にできるようになってきただけです。ですが、本当にありがとうございます。心の支えになります。

    又江原さんが「流れに身を任せて、委ねながらも抗う。そしてそれを受け入れる。最期に微笑むために」と書かれた一文――深く共感します。

    「言い訳を捨て切れるのか。未だ自信はありません」と正直に書かれた又江原さんの姿勢に、深い誠実さを感じました。

    私も同じです。毎日が自己検証であり、自己否定であり、自己嫌悪の連続です。「正直、誠実、善良、真心」を尽くそうと思っても、すぐに弱い自分が顔を出します。

    それでも、逃げない。諦めない。

    又江原さんも、私も、そして755の皆さまも――それぞれの場所で、時を重ねながら、前に進み続けている。

    「最期に微笑むために」

    この言葉を、私も胸に刻みます。

    又江原さん、これからもお互い、誠実に、愚直に、時を重ねていきましょう。
    心から応援しています。

    引き続きよろしくお願い申し上げます。

    K0183

  • K0183
    K0183

    見城さん、755の皆さま、こんにちは。

    今日も仕事です。明日の夕方まで。

    年が明けて、まだ4日目。
    「正しく在り続ける」と決めた修行は、まだ始まったばかりです。

    現場では、予想を超えること、思いもよらないことが起こります。
    よくあることです。

    だからこそ、想定外を想定する。
    想定外が起きることを想定しておけば、少なくとも、心の準備だけはできます。

    焦らなくていい時は、落ち着いて考える。
    急いでいる時でも、いえ、焦っている時こそ、少し落ち着いて考える。

    そして、言い訳を探さない。

    言い訳を探し始めた瞬間、自分の核が崩れていくのを感じます。

    予期せぬことが起きた時こそ、
    「正直、誠実、善良、真心」が試されるのだと思います。

    修行だと、改めて心に刻む。

    一日一生。
    この2日間も、全力で生き切ります。

    今を生きる一人の横田慎太郎として。

    本日もよろしくお願い申し上げます。

  • K0183
    K0183

    見城さん、755の皆さま、おはようございます。

    自らに「正しく在り続ける」と誓約し、制約を課してから、少しだけ変わったことがあります。

    心が乱れそうな時に、一呼吸、ひとつ耐えられるようになった気がする。

    以前なら、反射的に反応していた場面で、ほんの一瞬だけ、立ち止まれるようになった。

    それは「正直、誠実、善良、真心」という生き方が、心の奥に、確かな芯を作ってくれたからだと思います。

    完璧ではありません。今も毎日、自己嫌悪と向き合っています。すぐに弱い自分が顔を出します。

    それでも、誓約があるから踏みとどまれる。制約があるから、一呼吸置ける。

    この「一呼吸、ひとつ耐える」という、ほんの小さな変化が、今の私には、とても大きな意味を持っています。

    考えてみると、自由に生きたいと思う一方で、
    誓約と制約がなければ、人は本当の強さを手に入れることはできないのではないか。

    矛盾しているようですが、「自らに誓約し、制約を課すこと」こそが、実は最も自由な生き方なのかもしれません。

    なぜなら、それは誰かに強制されたものではなく、自分の意志で選び取った道だからです。

    修行は続きます。
    「正直、誠実、善良、真心」を尽くす。
    「正しく在り続ける」という誓約と制約を心に刻む。

    一日一生。
    今を生きる一人の横田慎太郎として。

    本日もよろしくお願い申し上げます。

  • K0183
    K0183

    見城さん、755の皆さま、おはようございます。

    仕事始めの慌ただしさが本格化し、日常という名の「戦場」が、いよいよ輪郭を持って迫ってきました。昨夜、『栄光のバックホーム』の鑑賞を振り返っていました。

    回数を重ねるごとに、私の心に深く沈殿していくのは「覚悟の純度」です。
    横田慎太郎選手が、病という圧倒的な不条理を前にしてもなお、一歩も引かずに「野球を愛する自分」を貫き通した姿。
    そして、見城さんが74歳にして「ルーキー」として、この映画に魂を吹き込まれた圧倒的努力。

    それらに触れるたび、私は自らに課した「正しく在り続ける」という誓約の重さを、あらためて再確認します。

    私はこれまで、どれほど「自分」を差し出してこられたでしょうか。
    「それなりの努力」で「それなりの結果」に甘んじていた自分を、この映画は激しく揺さぶり続けています。

    自らに制約を課すことは、不自由になることではありません。
    迷いを断ち切り、本当の意味で自由に、鮮やかに生きるための「翼」を手に入れることなのだと、今朝の静かな空気の中で感じています。

    「制約こそが自由」

    私は、「正しく在り続ける」という誓約と制約を、重荷ではなく翼として生きたい。

    次にまた映画館へ行くとき、今の自分がどんな涙を流すのか。
    それを確かめることが、今の私の密かな、しかし確かな「熱狂」です。気づけば、この映画は私の自己修練の場になっていました。

    昨日、「一呼吸、ひとつ耐えられるようになった」と書きました。ほんの些細な、小さな変化です。

    反射的に反応しそうな時、
    言い訳を探しそうになる時、
    弱い自分が顔を出しそうな時――

    一呼吸。
    あの一球を投げる直前の静寂のように、私は一呼吸する。

    たったそれだけの時間ですが、その一瞬が、私を救ってくれます。

    でも横田選手の物語が教えてくれました。
    小さな一歩の積み重ねこそが、奇跡への道なのだと。

    その小さな積み重ねが、いつか自分の「栄光のバックホーム」になると信じて。

    今日も「正直、誠実、善良、真心」を胸に、正面突破で生き切ります。
    今を生きる一人の横田慎太郎として。

    本日もよろしくお願い申し上げます。

  • K0183
    ikutamaikutama

    K0183さん、リトーク失礼します。いつもご心情を澱みなく丁寧に綴って頂きましてありがとうございます。今日のK0183さんの投稿を読み、自分の投稿が“その場凌ぎ”の連続になっていたことに気づきました。一つ一つの文章を丁寧に繋ぐ。それが時間の中で感情を繋ぎ、コントロールすることになる。

    私が755を初めてもうすぐ2年。「わかったつもりの傍観者」にならないために「755に毎日書く」と決め、1年半が過ぎました。真剣勝負は続いてますが、変わらない自分に歯痒さを感じています。私はその場の状況に反応しているだけで繋がっていない。K0183さんは一つの投稿の中で綺麗に時が流れていく。そして自分が書いたことを背負い、昨日の自分の続きを生きている。
    自分の気づきを綴るとともに、感謝の気持ちをお伝えさせて頂きました。これからもよろしくお願いします。

  • K0183
    K0183

    ikutamaさん、心のこもったリトークをいただき、本当にありがとうございます。

    ikutamaさんのお言葉に、私の方が深く学ばせていただきました。そして、ご自身の「気づき」を言葉にして届けてくださったその誠実さに、胸を打たれました。

    「その場凌ぎの連続」から「一つ一つの文章を丁寧に繋ぐこと」へ――この気づきこそが、まさに755での真摯な向き合いの証だと思います。人は、見えていない時は気づけないし、気づいたとしても認められない。けれどikutamaさんは、それを逃げずに見て、しかも書いてくださった。そこに真剣勝負の匂いがします。

    755を始めてもうすぐ2年、毎日書くと決めて1年半。その継続そのものが、既に圧倒的努力です。「わかったつもりの傍観者」にならないために自らに課した制約が、ikutamaさんを鍛え続けているのだと感じます。

    「変わらない自分」に歯痒さを感じるとのこと――でも、その歯痒さこそが、成長への渇望であり、より高みを目指す証ではないでしょうか。私もまた、毎日が自己検証であり、自己否定であり、自己嫌悪の連続です。朝は「尽くそう」と思って、昼に崩れて、夜に落胆する――そういう自分ごと抱きしめて今日を生き切る。完璧ではありません。すぐに弱い自分が顔を出します。

    それでも、「正直、誠実、善良、真心」という生き方を手放さず、制約を課し、一つひとつの投稿を丁寧に紡いでいく。その積み重ねが、見えない線で繋がり、やがて「昨日の自分の続き」として流れていく――ikutamaさんも既に、その道を歩まれているのだと思います。

    「状況に反応しているだけで繋がっていない」という言葉。これは責めではなく、むしろ「次の一歩の地図」だと思います。繋げようとして繋がらない時は、たいてい「大きく繋げよう」としすぎている。もしよければ、今日の投稿に、たった一行だけ「昨日の続きを差し込む」――昨日の自分が何を怖がっていたか、何を誤魔化したか、何を守ろうとしたか。それを一行だけ置く。たったそれだけでも、時間は流れ始めるし、感情は線になる気がします。「状況に反応しているだけで繋がっていない」と感じられるのは、むしろikutamaさんが「繋がり」の本質に気づき始めた証拠です。その一歩こそが、真剣勝負を続ける中での大きな前進だと思います。

    以前私も、ikutamaさんに「全く同感です、私も気をつけます。皆さん、とても言葉を大切にされています」と書きました。今回、改めてその言葉を自分に刺し直しています。言葉を大切にする、というのは"うまく書く"ことではなく、「自分が書いたことに戻ってくる」ことなのだと思いました。

    私は755を始めてまだ3ヶ月余りです。ikutamaさんの2年間の積み重ねの方が、はるかに深く重いものです。お互い、それぞれの時間を丁寧に重ね、言葉を紡ぎながら、「正面突破」で歩んでいきましょう。

    真剣勝負は、たぶん「変われた実感」が出る前に、何度も「変われない自分」に出会わされます。そこでやめない人だけが、いつか少しずつ繋がっていく。

    近いうちに、よろしければ、一緒に「ひとりしゃぶしゃぶ 厨 七代目松五郎」で飲みませんか?

    こちらこそ、素敵な気づきを分かち合ってくださり、心から感謝しています。
    これからも、どうぞよろしくお願いします。
    K0183

  • K0183
    K0183

    見城さん、755の皆さま、おはようございます。

    昨日、勤務する施設の創設者から、これまでの労いとして、二本のワインを贈られました。

    「紅白揃ってるから、持っていきなさい」――それだけ。

    あまりに軽い言い方だったので、気楽に受け取った。
    「ありがとうございます」と。

    ただ、箱が――えらい高そうな箱だな、とは思った。

    家に帰って、開けた。
    ……絶句した。

    シャトー・マルゴー 2010。
    バタール・モンラッシェ 2022。

    ボルドー左岸の芸術品と、ブルゴーニュ白の至高。
    これは、とんでもないものをいただいてしまった。

    一瞬、手が震えた。

    創設者は、こういう方なのだ。
    重々しく語らず、さりげなく。
    その軽さの裏に、どれほどの想いがあったのか。

    私は昨日、その「箱の重さ」に気づけなかった。
    いま思えば、あれはワインの重さではなく、創設者の想いの重さだった。

    多くを語らず、最高の結果だけを差し出す。
    その振る舞いに、創設者の真心を感じた。

    私の仕事を、見てくださっていたのだろう。

    「これでいい」と思ったことは、一度もない。
    むしろ、まだ足りないと、いつも自分を叱咤してきた。

    それでも――創設者は、私の努力を見ていてくださった。
    嬉しさと同時に、背筋が伸びる。

    この二本を、いつ開けるか。

    特別な日まで取っておくか。
    いや、早めに開けて、この味わいを心に刻み、また圧倒的努力で正面突破する覚悟を新たにするか。

    すぐには答えが出ない。

    でも――
    いつ開けるにせよ、今日から変わらず、この想いを胸に仕事をする。

    創設者の期待に、日々の積み重ねで応える。
    創設者への感謝を込めて。
    それしかない。

    今を生きる一人の横田慎太郎として。
    今日も「正直、誠実、善良、真心」を胸に、正しく在り続けよう。

  • K0183
    見城徹見城徹

    僕は755しか発信していない。僕の唯一のSNSだ。だから755を大きくしたい。755を別格のSNSメディアにしたい。何度かトークを閉め、再開し、今日まで来た。755で嫌な思いをし、腹を立て、傷付いた。しかし、僕のトークで少しは変わった人もいる。少しは知ってもらえた世界もある。755で何かが繋がる。何かが動く。755に言葉を打ち込むのは面倒臭いと思う。しかし、人間の何かを信じて755を続けている。通りすがりの人々。昨日まで悲しかった、昨日まで嬉しかった人々。僕はあなたたちを感じることが出来るだろうか?僕を感じさせることが出来るだろうか?

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  • K0183
    K0183

    見城さん。
    いつもあたたかいお心遣いを賜り、心より感謝申し上げます。
    三上雅博さんがリトークされた、2017年7月のご投稿を拝読し、感想を添えて投稿させていただきました。
    今日は空も明るく、少し穏やかな一日です。
    とはいえ、どうかご無理だけはなさらず、くれぐれもご自愛ください。
    本日もよろしくお願い申し上げます。

  • K0183
    K0183

    見城さん
    魂を削るように言葉を紡ぎ続ける覚悟が伝わってくる、深く、そして孤独な熱を感じるご投稿を、震える想いで拝読しました。

    「僕はあなたたちを感じることが出来るだろうか? 僕を感じさせることが出来るだろうか?」という問いかけに、私は一点の曇りもなく「はい」とお答えします。

    以前、私はここで「755がなかったら」という想いを綴りました。あの頃の私は、憎しみや苦しみを心に閉じ込め、自分と向き合うことから逃げ続けていました。しかし、見城さんが傷つき、腹を立てながらも、この場所で「正直・誠実・善良・真心」を貫き通される姿に触れ、私の心は動き始めました。

    見城さんが、この面倒で過酷な場所に言葉を打ち込み続けてくださったからこそ、私は「暗闇の中でジャンプ」する勇気を得て、過去と訣別することができました。

    それだけではありません。かつて私が無意識に放った配慮のない言葉に対し、見城さんは真正面から厳しく諭してくださいました。あの瞬間、私の浅はかさという傷口は大きく広がり、見城さんは私の「返り血」を浴びられた。あの痛みこそが、文字のやり取りを超えて、生身の人間同士がぶつかり合い、お互いを鮮烈に感じ合った瞬間だったと、今あらためて確信しています。

    「通りすがりの人々。昨日まで悲しかった、昨日まで嬉しかった人々」という言葉に、私は「善良」、他者への想像力の真髄を見ました。一人ひとりが抱える孤独や人生の重みを、ご自身の痛みとして受け止めようとする——「魂の握手」を求める切実な願いではないでしょうか。

    見城さんが、面倒を厭わず、傷つくことを恐れずに言葉を打ち込み続けてくださるからこそ、行き場を失っていた私の孤独にも、その光は届きました。見城さんの言葉に血を流し、救われた一人として、私は見城さんの熱狂を、その生き様を、この胸の奥ではっきりと感じています。

    「昨日まで悲しかった私」は、ここで見城さんと出会い、自分と向き合う勇気を得て、今日を生き直すことができています。

    755は、私にとってもはや単なるSNSではありません。見城さんの言葉という「灯」を頼りに、自分自身を生き直すための聖域です。見城さんが信じてくださった「人間の何か」は、少なくとも私という一人の人間の人生を、決定的に変えました。

    通りすがりの一人に過ぎなかった私の中に、見城さんの熱狂は確かに届き、今もこの胸を焦がしています。

    これからも、見城さんが信じる「人間の何か」に、全力で応え続けたい。この場所で、一歩も引かずに、自分自身と向き合っていく覚悟です。

    見城さん、この場所を守り続けてくださって、本当にありがとうございます。

    往く道は精進にして忍びて終わり悔いなし。
    今を生きる一人の横田慎太郎として。