K0183のトーク
トーク情報- K0183
K0183 見城さん、755の皆さま
本日1月3日、『栄光のバックホーム』5回目の鑑賞に行ってまいりました。改めて、この映画の素晴らしさを再認識しました。
昨夜放送されたBS朝日『想いよ届け!松谷鷹也の「栄光のバックホーム」〜密着!横田慎太郎への旅路〜』を視聴した直後ということもあり、これまで以上に深い余韻と、新たな視点を持ってスクリーンに向き合うことができました。
松谷鷹也さんが、横田慎太郎選手という一人の人間に魂を吹き込むまでの道のり――その圧倒的努力と覚悟を、番組で拝見しました。そして、今日の5回目は、映画全体の流れを知っているからこそ、一つひとつの表情と眼差しに、より深く心を配ることができました。
4回目で強く感じたことが、5回目で確信に変わりました。主演の松谷鷹也さんの圧倒的な存在感です。
単に横田選手と「似ている」のではありません。横田選手が、そのままそこに「居る」のだと感じました。素直さ、ピュア、純粋――横田選手そのもの。無名の新人が、これほどの想いと圧倒的努力で役に向き合い、本気で野球と向き合ったからこそ生まれた結実だと思います。命懸けのピュアな熱狂が、スクリーンからまっすぐ伝わってきます。
見城さんと秋山監督が無名の新人を選び抜いたのは、単なる大抜擢ではなく、横田選手に引き寄せられた「必然の出会い」だったのだと、確信を抱いています。
そして、魂を揺さぶる美しいシーンの数々。一場面一場面に渾身の想いが詰まっており、観るたびに新しい涙が溢れます。
北條さんと、夜のグラウンドで素振りをする場面。
掛布さんの「野球したいか。そんな目をしている。全部意味がある。お前が作るドラマだ」という台詞。
引退を決める雨のシーンの直前、きちんと捕球できないことを土屋コーチに謝る横田選手と、それを見つめる田中スカウトの眼差し。
ホスピスで横田選手が北條さんに放つ「やれる人はやってください」という言葉が、今も耳の奥で鳴り止みません。
想い人への告白――「ずっと見ていた」
そして家族の姿。父・真之さんが、息子の死と向き合う怖さを乗り越えていく覚悟。母・まなみさんの祈り。
多くの人の想いが重なり、交わる瞬間に息を呑みます。
本当に、製作に関わった皆さまの作品に込める「覚悟」も凄まじい。この映画には、製作総指揮の見城さんが圧倒的努力で生き抜いてこられた人生そのものが、熱く、静かに流れ込んでいます。
4回目、5回目と回を重ねて観るごとに、亡くなるシーンで最も涙が溢れました。それは単に悲しいからではなく、横田選手が、そして見城さんが、諦めずに圧倒的努力で生きてきたその証が、あまりにも鮮やかに伝わってくるからです。
「誠実に愚直に生きていれば必ず一瞬の栄光は訪れます」
絶望の先に道があると信じて、何度倒れても「より強く立ち上がる」人間たちの物語。報われないように見える日々にも、確かな「栄光」が宿っていることを証明する映画です。改めて、人生のすべてが詰まった、本当にすごい映画でした。
見城さん、このような奇跡のような映画に出会わせてくださり、本当にありがとうございます。6回目も観に行きます。いえ、何回でも何回でも観たくなる映画です。
『栄光のバックホーム』は、観るたびに新しい涙と気づきをくれます。
今年は「正しく在り続ける」ことを自分に課しています。
「正直、誠実、善良、真心」
見城さんに教えていただいたこの生き方を、日々手放さず、一歩ずつ前に進みます。
今を生きる一人の横田慎太郎として。
本日もよろしくお願い申し上げます。 - K0183
K0183 又江原 力さん
K0183です。いつもありがとうございます。
今回のご投稿ありがとうございます。心より感謝申し上げます。
今年初めてのお年玉をもらった感じで、とても嬉しく思っています。
『栄光のバックホーム』を観た後、自宅マンションで感想の投稿後、日々の日課をこなしながら、最後のエアロバイクを漕いでいました。
電話が鳴りました。
「本日予約入ってますが、何かございましたか?」
そうです、行きつけのフレンチに予約を入れていたのを完全に忘れていました。
すぐさまタクシーを呼びつつ、ドレスコードに引っかからない程度に身を整えて、店に向かいました。私の席以外は満席で、深く胸を撫で下ろしました。
多分、50年以上生きていて、こんなに完全に予約を忘れているのは初めてです。
「気をつけないといけないことが、確実に増えた」
改めて実感しました。
そもそも、職場かマンションかどっちかにしかいない生活なので、手帳も持ったことありません。イレギュラーな予定は必ず頭に入っているのですが、今回のようなことがあると、やはり年を取ったと自覚して、今後はちゃんと対策を考えないと、本当に取り返しのつかない迷惑を他人様に与えるかもしれません。
又江原さんが仰っていた「時を重ねること」についての私の投稿――あれが又江原さんの指針になったと知り、正直驚いています。私自身も、見城さんの言葉から学び、日々自分と向き合いながら、ようやく少しずつ言葉にできるようになってきただけです。ですが、本当にありがとうございます。心の支えになります。
又江原さんが「流れに身を任せて、委ねながらも抗う。そしてそれを受け入れる。最期に微笑むために」と書かれた一文――深く共感します。
「言い訳を捨て切れるのか。未だ自信はありません」と正直に書かれた又江原さんの姿勢に、深い誠実さを感じました。
私も同じです。毎日が自己検証であり、自己否定であり、自己嫌悪の連続です。「正直、誠実、善良、真心」を尽くそうと思っても、すぐに弱い自分が顔を出します。
それでも、逃げない。諦めない。
又江原さんも、私も、そして755の皆さまも――それぞれの場所で、時を重ねながら、前に進み続けている。
「最期に微笑むために」
この言葉を、私も胸に刻みます。
又江原さん、これからもお互い、誠実に、愚直に、時を重ねていきましょう。
心から応援しています。
引き続きよろしくお願い申し上げます。
K0183 - K0183
K0183 見城さん、755の皆さま、こんにちは。
今日も仕事です。明日の夕方まで。
年が明けて、まだ4日目。
「正しく在り続ける」と決めた修行は、まだ始まったばかりです。
現場では、予想を超えること、思いもよらないことが起こります。
よくあることです。
だからこそ、想定外を想定する。
想定外が起きることを想定しておけば、少なくとも、心の準備だけはできます。
焦らなくていい時は、落ち着いて考える。
急いでいる時でも、いえ、焦っている時こそ、少し落ち着いて考える。
そして、言い訳を探さない。
言い訳を探し始めた瞬間、自分の核が崩れていくのを感じます。
予期せぬことが起きた時こそ、
「正直、誠実、善良、真心」が試されるのだと思います。
修行だと、改めて心に刻む。
一日一生。
この2日間も、全力で生き切ります。
今を生きる一人の横田慎太郎として。
本日もよろしくお願い申し上げます。 - K0183
K0183 見城さん、755の皆さま、おはようございます。
自らに「正しく在り続ける」と誓約し、制約を課してから、少しだけ変わったことがあります。
心が乱れそうな時に、一呼吸、ひとつ耐えられるようになった気がする。
以前なら、反射的に反応していた場面で、ほんの一瞬だけ、立ち止まれるようになった。
それは「正直、誠実、善良、真心」という生き方が、心の奥に、確かな芯を作ってくれたからだと思います。
完璧ではありません。今も毎日、自己嫌悪と向き合っています。すぐに弱い自分が顔を出します。
それでも、誓約があるから踏みとどまれる。制約があるから、一呼吸置ける。
この「一呼吸、ひとつ耐える」という、ほんの小さな変化が、今の私には、とても大きな意味を持っています。
考えてみると、自由に生きたいと思う一方で、
誓約と制約がなければ、人は本当の強さを手に入れることはできないのではないか。
矛盾しているようですが、「自らに誓約し、制約を課すこと」こそが、実は最も自由な生き方なのかもしれません。
なぜなら、それは誰かに強制されたものではなく、自分の意志で選び取った道だからです。
修行は続きます。
「正直、誠実、善良、真心」を尽くす。
「正しく在り続ける」という誓約と制約を心に刻む。
一日一生。
今を生きる一人の横田慎太郎として。
本日もよろしくお願い申し上げます。 - K0183
K0183 見城さん、755の皆さま、おはようございます。
仕事始めの慌ただしさが本格化し、日常という名の「戦場」が、いよいよ輪郭を持って迫ってきました。昨夜、『栄光のバックホーム』の鑑賞を振り返っていました。
回数を重ねるごとに、私の心に深く沈殿していくのは「覚悟の純度」です。
横田慎太郎選手が、病という圧倒的な不条理を前にしてもなお、一歩も引かずに「野球を愛する自分」を貫き通した姿。
そして、見城さんが74歳にして「ルーキー」として、この映画に魂を吹き込まれた圧倒的努力。
それらに触れるたび、私は自らに課した「正しく在り続ける」という誓約の重さを、あらためて再確認します。
私はこれまで、どれほど「自分」を差し出してこられたでしょうか。
「それなりの努力」で「それなりの結果」に甘んじていた自分を、この映画は激しく揺さぶり続けています。
自らに制約を課すことは、不自由になることではありません。
迷いを断ち切り、本当の意味で自由に、鮮やかに生きるための「翼」を手に入れることなのだと、今朝の静かな空気の中で感じています。
「制約こそが自由」
私は、「正しく在り続ける」という誓約と制約を、重荷ではなく翼として生きたい。
次にまた映画館へ行くとき、今の自分がどんな涙を流すのか。
それを確かめることが、今の私の密かな、しかし確かな「熱狂」です。気づけば、この映画は私の自己修練の場になっていました。
昨日、「一呼吸、ひとつ耐えられるようになった」と書きました。ほんの些細な、小さな変化です。
反射的に反応しそうな時、
言い訳を探しそうになる時、
弱い自分が顔を出しそうな時――
一呼吸。
あの一球を投げる直前の静寂のように、私は一呼吸する。
たったそれだけの時間ですが、その一瞬が、私を救ってくれます。
でも横田選手の物語が教えてくれました。
小さな一歩の積み重ねこそが、奇跡への道なのだと。
その小さな積み重ねが、いつか自分の「栄光のバックホーム」になると信じて。
今日も「正直、誠実、善良、真心」を胸に、正面突破で生き切ります。
今を生きる一人の横田慎太郎として。
本日もよろしくお願い申し上げます。 K0183 ikutamaikutama K0183さん、リトーク失礼します。いつもご心情を澱みなく丁寧に綴って頂きましてありがとうございます。今日のK0183さんの投稿を読み、自分の投稿が“その場凌ぎ”の連続になっていたことに気づきました。一つ一つの文章を丁寧に繋ぐ。それが時間の中で感情を繋ぎ、コントロールすることになる。
私が755を初めてもうすぐ2年。「わかったつもりの傍観者」にならないために「755に毎日書く」と決め、1年半が過ぎました。真剣勝負は続いてますが、変わらない自分に歯痒さを感じています。私はその場の状況に反応しているだけで繋がっていない。K0183さんは一つの投稿の中で綺麗に時が流れていく。そして自分が書いたことを背負い、昨日の自分の続きを生きている。
自分の気づきを綴るとともに、感謝の気持ちをお伝えさせて頂きました。これからもよろしくお願いします。- K0183
K0183 ikutamaさん、心のこもったリトークをいただき、本当にありがとうございます。
ikutamaさんのお言葉に、私の方が深く学ばせていただきました。そして、ご自身の「気づき」を言葉にして届けてくださったその誠実さに、胸を打たれました。
「その場凌ぎの連続」から「一つ一つの文章を丁寧に繋ぐこと」へ――この気づきこそが、まさに755での真摯な向き合いの証だと思います。人は、見えていない時は気づけないし、気づいたとしても認められない。けれどikutamaさんは、それを逃げずに見て、しかも書いてくださった。そこに真剣勝負の匂いがします。
755を始めてもうすぐ2年、毎日書くと決めて1年半。その継続そのものが、既に圧倒的努力です。「わかったつもりの傍観者」にならないために自らに課した制約が、ikutamaさんを鍛え続けているのだと感じます。
「変わらない自分」に歯痒さを感じるとのこと――でも、その歯痒さこそが、成長への渇望であり、より高みを目指す証ではないでしょうか。私もまた、毎日が自己検証であり、自己否定であり、自己嫌悪の連続です。朝は「尽くそう」と思って、昼に崩れて、夜に落胆する――そういう自分ごと抱きしめて今日を生き切る。完璧ではありません。すぐに弱い自分が顔を出します。
それでも、「正直、誠実、善良、真心」という生き方を手放さず、制約を課し、一つひとつの投稿を丁寧に紡いでいく。その積み重ねが、見えない線で繋がり、やがて「昨日の自分の続き」として流れていく――ikutamaさんも既に、その道を歩まれているのだと思います。
「状況に反応しているだけで繋がっていない」という言葉。これは責めではなく、むしろ「次の一歩の地図」だと思います。繋げようとして繋がらない時は、たいてい「大きく繋げよう」としすぎている。もしよければ、今日の投稿に、たった一行だけ「昨日の続きを差し込む」――昨日の自分が何を怖がっていたか、何を誤魔化したか、何を守ろうとしたか。それを一行だけ置く。たったそれだけでも、時間は流れ始めるし、感情は線になる気がします。「状況に反応しているだけで繋がっていない」と感じられるのは、むしろikutamaさんが「繋がり」の本質に気づき始めた証拠です。その一歩こそが、真剣勝負を続ける中での大きな前進だと思います。
以前私も、ikutamaさんに「全く同感です、私も気をつけます。皆さん、とても言葉を大切にされています」と書きました。今回、改めてその言葉を自分に刺し直しています。言葉を大切にする、というのは"うまく書く"ことではなく、「自分が書いたことに戻ってくる」ことなのだと思いました。
私は755を始めてまだ3ヶ月余りです。ikutamaさんの2年間の積み重ねの方が、はるかに深く重いものです。お互い、それぞれの時間を丁寧に重ね、言葉を紡ぎながら、「正面突破」で歩んでいきましょう。
真剣勝負は、たぶん「変われた実感」が出る前に、何度も「変われない自分」に出会わされます。そこでやめない人だけが、いつか少しずつ繋がっていく。
近いうちに、よろしければ、一緒に「ひとりしゃぶしゃぶ 厨 七代目松五郎」で飲みませんか?
こちらこそ、素敵な気づきを分かち合ってくださり、心から感謝しています。
これからも、どうぞよろしくお願いします。
K0183 - K0183
K0183 見城さん、755の皆さま、おはようございます。
昨日、勤務する施設の創設者から、これまでの労いとして、二本のワインを贈られました。
「紅白揃ってるから、持っていきなさい」――それだけ。
あまりに軽い言い方だったので、気楽に受け取った。
「ありがとうございます」と。
ただ、箱が――えらい高そうな箱だな、とは思った。
家に帰って、開けた。
……絶句した。
シャトー・マルゴー 2010。
バタール・モンラッシェ 2022。
ボルドー左岸の芸術品と、ブルゴーニュ白の至高。
これは、とんでもないものをいただいてしまった。
一瞬、手が震えた。
創設者は、こういう方なのだ。
重々しく語らず、さりげなく。
その軽さの裏に、どれほどの想いがあったのか。
私は昨日、その「箱の重さ」に気づけなかった。
いま思えば、あれはワインの重さではなく、創設者の想いの重さだった。
多くを語らず、最高の結果だけを差し出す。
その振る舞いに、創設者の真心を感じた。
私の仕事を、見てくださっていたのだろう。
「これでいい」と思ったことは、一度もない。
むしろ、まだ足りないと、いつも自分を叱咤してきた。
それでも――創設者は、私の努力を見ていてくださった。
嬉しさと同時に、背筋が伸びる。
この二本を、いつ開けるか。
特別な日まで取っておくか。
いや、早めに開けて、この味わいを心に刻み、また圧倒的努力で正面突破する覚悟を新たにするか。
すぐには答えが出ない。
でも――
いつ開けるにせよ、今日から変わらず、この想いを胸に仕事をする。
創設者の期待に、日々の積み重ねで応える。
創設者への感謝を込めて。
それしかない。
今を生きる一人の横田慎太郎として。
今日も「正直、誠実、善良、真心」を胸に、正しく在り続けよう。