見城徹のトーク
トーク情報見城徹 三上雅博三上雅博 「三上の鮨は引き算の鮨だ」。
僕は親父のこの言葉が本当に嬉しくて、その時は営業中だったので我慢しましたが、涙が溢れ落ちそうでした。
今のお店をやる前。雇われ大将時代。普通にやっても予約困難店など作れる筈も無かったので、足し算の鮨をとことんやろうと決めて鮨と向き合っていました。
思いつく限りの事は全てやった。これでもかと言わんばかりに色んな事を一貫に詰め込んだ。膨大な時間をかけて、一貫の中に全く異なるアプローチの仕事を重ねる鮨は「一歩先を行く創作鮨」などと言われ、他の寿司店とは一線を画したが、僕は内心では創作鮨と片付けられる事を不快に思ったりもしていた。自分こそが純正鮨職人だと思いたかったからだ。
この頃はとことんまで足し算の鮨に熱狂した。もはや鮨でさえ無くなっていたのかもしれない。好きな様にやらせて頂いた皆様には本当に感謝しかない。
残すもの。残さないもの。必要なもの。そうでないもの。馬鹿はやらなきゃわからない。膨大に広がった仕事を削ぎ落とし、磨き上げ、洗練させていく。これは気の遠くなる様な作業だ。例えるなら、ボディビルダーが即身仏になろうとしている様な感覚だ。今、僕の鮨はこの段階にある。まさに引き算の鮨を目指して今を生きている。
それを誰かにわかってもらいたいなんて烏滸がましいにも程がある。全て自分で勝手にやっている事だ。傲慢だとわかっている。それでもどこかで人に期待してしまう。人はいつも孤独だとわかっている筈なのに。誰にも理解されない筈なのに、わかってくれる人がいる。理解してくれる人がいる。そんな時、鮨職人をやっていて良かったと、僕は心の底から思います。
親父の言葉にいつも僕は救われています。
いつも有難う御座います。