三上雅博のトーク
トーク情報- 三上雅博
三上雅博 ↑
おはようございます。
2019年11月の親父の投稿のリトークです。
「憂鬱でなければ仕事じゃない」
やってもやってもやるべき事は無くならない。むしろ増えていくばかり。不器用な僕には余りにも時間が足りない。今日も憂鬱な1日が始まる。
朝は絶望を連れてくる。だから寝るのが怖いんだ。起きた瞬間時計を見て、例えそれが何時だろうと寝てしまった事を後悔する。毎朝目が覚めると焦って布団から飛び起きて、自分に対するほとんどの事を諦めて、直ぐに仕事に行く。
眠ってしまう事への恐怖や、寝てしまった事への罪悪感は子供の頃から変わらない。物心ついた時から意識が遠のいていく事に怯えていた。怖くて泣いていた。僕の中ではこれが当たり前の感情なのだ。こうやって僕の朝は絶望から始まるのだ。きっと死ぬまで変わらない。
新しい朝に夢も希望も存在しない。あるのは憂鬱な事ばかり。憂鬱でなければ仕事じゃない。今日も今日とて鮨に狂おう。
本日も皆様、宜しくお願い致します。 - 三上雅博
三上雅博 ↑
おはようございます。
2019年11月の親父の投稿のリトークです。
不安。劣等感。自己嫌悪。僕の力の源もそこにある。恐怖に震え、不安に押し潰されそうになっても、痩せ我慢しながら今日をなんとか生きている。
幻冬舎創立時のドラマティックストーリー。まるで映画のワンシーン。その光景がハッキリと脳裏に浮かんできます。震えるほどに格好良い。全身が総毛立つほどに痺れます。何度読んでも感動します。
伝説はここから始まった。
幻冬舎創立「闘争宣言」
来る三月二十五日、幻冬舎の最初の単行本が六冊刊行されます。六冊を見ていただければおわかりのように、幻冬舎は文芸作品中心の出版社です。衰退がいわれて久しい文芸本のジャンルにあえて切り込んでいくのには、それなりの覚悟があります。私たちは文芸が衰退しているのではなく、文芸を編集する側が衰退しているのだと考えています。すなわち、大手寡占状態の中で、出版社は作者と読者の両方の胸の鼓動や息遣いに耳を澄ますことなく本を送り出しているのではないか?血を流し、葛藤し、渇えている作者と読者のひとりびとりに対してあまりにもヌクヌクと生活しているのではないか?大手出版社というブランドに守られて、ひりつくような痛みとははるか遠い所でいつも安全な本作りをしている自分の姿を思い浮かべる度に、吐き気をもよおしていたことは事実でした。
もう一度ゼロに戻したい。もう一度ひとつ間違えれば地獄へいく薄氷を踏んでみたい。そんな想いのなかで幻冬舎は出発しました。逆に言えば、幻冬舎の社員ひとりびとりの人生の問題として、今の自分に否定形の「NO」を言い続けるためにも、幻冬舎は設立されたのです。
私達には今、何もありません。しかし、そのことが気持ちがよいことだと感じています。私達を縛る出版界の常識もありません。ですから、史上最大の作戦もゲリラ戦も自由に戦うことができます。
その戦いのさ中で、読者の胸元にくっきりと届くものを送り続けます。そして、その集積でこの世界の何かを変えたいと願っています。
文芸元年三月二十五日。幻冬舎は歴史に新しい楔を打ち込むことができるでしょうか。
ーーー見城徹
本日も皆様、宜しくお願い致します。 - 三上雅博
三上雅博 ↑
おはようございます。
2019年11月の親父の投稿のリトークです。
飲食に従事している以上、美味しいのは当たり前。努力するのも当たり前。それが底辺。底の底。
自分は何者でもない。上には上がいる。今日が人生で一番未熟な日。それを知り、荒唐無稽な勘違いは即刻止めるべきなのだ。
相手に喜んでもらうためにはどうしたら良いか。楽しんでもらうためにはどうしたら良いか。胸を掻きむしりながら、のたうち回りながら、答えの無い答えを探し暗闇の中を彷徨い続けている。僕は期待に応える事が出来るのか。その不安は四六時中消える事はない。
鮨職人として死ぬと決めた以上、僕の大好きな人達が鮨を食べたいと思った時に、僕の事を思ってもらえないのなら、引け目を感じ、対等な付き合いは出来ないからだ。相手に対して申し訳なく思ってしまう。僕の存在価値はそれしか無いのだから。
僕にはやるべき事がある。立ち止まってはいられない。今日、来てくれる人達がいる。そう思うと居ても立っても居られない。
一期一会の人生だ。今日出会う人達は喜んでくれるかな。楽しんでくれるかな。感動してくれるかな。そのために僕は生きるのだ。
感謝、真心、誠実、善良を胸に正面突破するしかない。今日も今日とて鮨に狂おう。
本日も皆様、宜しくお願い致します。 - 三上雅博
三上雅博 ↑
おはようございます。
2019年11月の親父の投稿のリトークです。
人は出会い、別れる。何かを手に入れるため、何かを失いながら生きていく。わかっていても別れはとても寂しくて、切なくて。一人眠れない夜もある。
全ては自分の不徳の致すところ。二兎を追う者は一兎をも得ず。自分が何も失わずに、何かを得られる事はない。そう思うしかない。何かを欲するなら、天秤の上にそれ相応の対価を乗せるのだ。この心臓を捧げるのだ。それが誠意だ。身を削らずして全てを手に入れようなんて虫の良い話を神が許す筈がない。
この戦いに勝利するためには、尊い犠牲が必要なのだ。身を削り、心を磨き、執着ひとつ捨てるのだ。不器用な僕は、失う事でしか前に進めないのだから。
本日も皆様、宜しくお願い致します。